【今回の歌】

参議雅経(94番)『新古今集』秋・483

み吉野(よしの)山の秋風小夜(さよ)ふけて ふるさと寒く(ころも)打つなり

ずっと夏が続いていたような今年でしたが、やっと秋の涼しさがやってきたようです。山のある田舎のほうでは、最近シカやタヌキなどの数がとても増えているそうです。人が減ってしかも保護が徹底したためで、作物を食べる害獣として疎まれているとか。

晩秋になり、夜にシカが鳴き始めると冬が近い、などという話を聞いたことがあります。食べ物が少なくなって、里へ降りることが増えるからでしょう。今回はそんな晩秋のわびしさを語る歌を紹介しましょう。


●現代語訳

奈良の吉野の山に、秋風が吹きわたる。夜がふけて(吉野という)かつての都は寒々とわびしく、衣を砧(きぬた)で叩く音が響いている。


●ことば

【み吉野の】
吉野は、桜の名所として名高い今の奈良県吉野郡吉野町のことです。「み」は言葉の頭につける美称。

【さ夜ふけて】
「夜がふけて」という意味です。「さ」は語感をととのえる接頭語です。

【ふるさと寒く】
「ふるさと」は「いにしえの都があり、忘れさびれた場所」=「古里(ふるさと)」のことです。吉野には古代に離宮がありました。

【衣打つなり】
「衣を打つ音が聞こえてくる」という意味です。女性が夜にした仕事で、砧(きぬた)という柄のついた太い棒で衣を叩き、柔らかくして光沢を出しました。


●作者

参議雅経(さんぎまさつね。1170~1221)

本名、藤原雅経(ふじわらのまさつね)。藤原頼経(よりつね)の子供で、後鳥羽院に気に入られ、新古今集の撰者の一人となりました。蹴鞠(けまり)の元祖である飛鳥井(あすかい)家の先祖です。


●鑑賞

中国・唐の大詩人、李白の詩に
「長安一片月 万戸擣(打)衣声 秋風吹不尽 総是玉関情…」
という有名な歌があります。「擣衣(とうい)」は、砧という丸太に柄のついたような棒で衣を叩いて光沢を出す作業で、静かな秋の夜にそれぞれの家庭からこの音が聞こえてきて、風物詩となっていました。雅経のこの一首も「擣衣(とうい)」というテーマを出されて作った歌のようです。また古今集の
「み吉野の 山の白雪つもるらし ふるさと寒くなりまさるなり」
という歌の本歌取りにもなっています。

歌は、かつて古代の都の離宮があって栄えていた吉野の里が今は古び、晩秋の夜には里の家で砧を打つ音だけが聞こえている、といった内容です。歌に流れるような詩情があり、寂しい秋という季節がクローズアップされます。しかもこの歌、中国の風情が上手に生かされており、想像してみると秋の夜長に砧の音とともに、胡弓の音色が聴こえてきそうな印象があります。みなさんも秋の詩情をイメージしてみてください。

百人一首には吉野の里(奈良県吉野郡吉野町)がよく登場します。近鉄吉野線吉野駅で下車すると吉野の里に到着し、春には桜秋には紅葉が見ごろとなります。吉野の山にはロープウェイで登れますが、山に登らず吉野川を上流にさかのぼっていくと、「紙漉きの里」があります。吉野は、昔から書道などには最適の上質の和紙「吉野紙」の生産地でもあります。複雑な工程を経て丈夫で美しい和紙を作る工程は、見学もできるようですので、一度見に行かれてはいかがでしょうか。吉野駅から車で20分ほどで到着します。