【今回の歌】

後京極摂政前太政大臣(91番)『新古今集』秋・518

きりぎりす鳴くや霜夜(しもよ)さむしろに (ころも)かたしきひとりかも寝む

今年は10月に入っても暑い日が続きましたが、ようやくそれも落ち着き、やっと秋らしくなってきました。こんな異常気象が続くと、細やかな季節感が魅力だった日本はどこへ行ってしまうのだろうと、ちょっと心配になります。

しかし、さすがに高山などでは初冠雪の声が次々に届いています。初霜も降りはじめ、朝晩は晩秋の寒さが身に染みてきた頃。きりぎりすなど、秋の虫の美しい音色も秋の気分をいや増してくれますね。今回は、晩秋に寂しく一人眠る男の歌です。


●現代語訳

こおろぎが鳴いている、こんな霜の降る寒い夜に、むしろの上に衣の片袖を自分で敷いて、独り(さびしく)寝るのだろうか。


●ことば

【きりぎりす】
現在のコオロギのことです。

【鳴くや霜夜(しもよ)の】
「鳴く」は動詞の連体形で、霜夜にかかります。「や」は7文字の文字数(語調)を整えるための間投助詞です。「霜夜(しもよ)」は「霜の降りる晩秋の寒い夜」のことです。ここまでで「こおろぎが鳴く霜の降る寒い夜の」という意味になります。

【さむしろに】
「さ」は言葉を整える接頭語です。「むしろ」は藁などで編んだ敷物で、シートのように使われました。「さむしろ」は「寒し」との掛詞になっています。

【衣かたしき】
平安時代は、男性と女性が一緒に寝る場合は、お互いの着物の袖を枕代わりに敷いていました。「片敷き」は自分の袖を自分で敷く寂しい独り寝のことです。

【ひとりかも寝む】
「独りで寝るんだろうか」という意味です。「か」は疑問の係助詞で「も」は強意の係助詞、「む」は推量の助動詞「む」の連体形です。


●作者

後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん。1169~1206)

本名は藤原良経(よしつね)。関白藤原兼実(かねざね)の子供で、摂政・太政大臣になりましたが38歳で急死しました。早熟の天才で、10代の頃の歌が千載集に7首載せられています。新古今和歌集の仮名序(かなじょ)を書き、号を秋篠月清(あきしのげっせい)といいます。おじいさんが百人一首76番に登場する法性寺忠通(ただみち)で、叔父さんが92番の慈円法師です。


●鑑賞

秋の寂しさがいや増すような一首です。平安時代は女性と男性がともに寝る時は、お互いの着物の袖を枕にして敷きました。そこでこの歌のように、自分で自分の袖を敷いて寝るのは「わびしい独り寝」だと読めるわけです。

山里のような場所で霜が降る寒い夜、むしろにごろりと横になって独り眠る男。恋人につれなくされて心もだえる、というような想像がかりたてられます。ただ、この歌を作る直前に作者は奥さんに先立たれたそうです。そうなると、ちょっと趣も違ったものに感じられそうですね。

この歌は、前からある2首の歌をふまえて作られた「本歌取り」の歌です。憶えておくとよいでしょう。
「さむしろに 衣かたしき今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫」(古今集)
「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜をひとりかも寝む」(柿本人麻呂・百人一首3番)

宇治の橋姫という言葉が出ましたが、京都府宇治市は源氏物語ゆかりの地として有名で、世界遺産に選ばれた平等院や宇治上神社があります。訪れる場合はJR奈良線宇治駅で下車し、東に向かって歩いて10分ほどです。ちょうど紅葉の季節ですので三室戸寺などの紅葉も見事でしょう。