【今回の歌】

大納言経信(71番)『金葉集』秋・183

(ゆふ)されば門田(かどた)の稲葉(いなば)おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く

9月もいよいよ終わり。近所の小学校ではついこの間まで運動会の練習が行われていて、マーチや歓声で大にぎわいだったのですが、23日を過ぎて本当に静かになりました。今は校舎の周りを体操着姿の生徒が走り回っています。冬のはじめに行われるマラソン大会の練習でしょうか。街では半袖が徐々に少なくなってきました。秋風は相変わらず爽やかですが、少々肌寒さも感じるこの頃ですね。今回は、そんな秋風が爽やかに吹き渡る一首をお届けします。


●現代語訳

夕方になると、家の門前にある田んぼの稲の葉にさわさわと音をたてさせ、芦葺きのこの山荘に秋風が吹き渡ってきた。


●ことば

【夕(ゆふ)されば】
「され」は動詞「さる」の已然形で「移り変わる」というような意味になります。「ば」は接続助詞で確定を表し、全体で「夕方になると」という意味になります。

【門田(かどた)の稲葉】
「門田」は門の真ん前の田圃のこと。家に近くて仕事がしやすく一番大事にされました。

【おとづれて】
動詞「おとづる」は「訪れる」という意味もありますが、元々は「声や音を立てる」という意味で、そちらが使われています。

【芦のまろや】
「屋根が芦葺きの、粗末な仮住まいの小屋」という意味ですが、源師賢の別荘のことを言っています。

【秋風ぞ吹く】
「ぞ」は強意の係助詞で、「秋風が吹き渡ってくる」という意味です。


●作者

源経信(みなもとのつねのぶ。1016~1097)

正二位大納言にまで昇進したので、大納言経信とも呼ばれます。民部卿・源道方(みちかた)の息子で、詩歌や管弦(楽器の演奏)が得意で、朝廷の礼式や作法などの「有職(ゆうそく)」に関して深い知識を持っていました。


●鑑賞

この歌は、源師賢が所有する梅津(現在の京都市右京区梅津)の山荘に貴族たちが招かれた時に行われた歌会で披露されたものです。あらかじめ「田家ノ秋風」というテーマが決まっていて、それに合わせた歌が詠み競われました。

夕方になると、門の前の稲穂がそよいで爽やかな音をたてて秋の風が吹いてくる。その爽やかさを歌ったすずやかな一首だと言えます。まだ暑さの残る日中に読むとつい爽快な気分になれそうな、美しい叙景の歌です。田舎の稲穂が実る光景は現代人の憧れですが、平安時代も貴族らは別荘を建設して美しい田園風景に遊び、ひとときの楽しみとしたのでしょう。

この歌が詠まれた平安時代の中期には、貴族らはこぞって田舎に別荘を建設し、リゾートとしてさかんに遊びに行きました。イギリスの田園趣味のようなもので、経信がこの歌を詠んだ梅津の山荘もそうして建てられたものです。現在の梅津には、梅宮大社などが観光スポットとして有名です。R京都駅から市バス28もしくは71系統に乗り、「梅之宮神社前」で下車すると到着します。梅宮大社は酒造りと安産の神として有名。広い庭園もあり、散策も楽しめます。10~11月には紅葉とツツジが見頃です。