【今回の歌】

大弐三位(58番)『後拾遺集』恋二・709

有馬(ありま)猪名(ゐな)の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

前回は紫式部の歌でしたので、今回はその娘の大弐三位の歌を取り上げます。百人一首には藤原俊成、定家をはじめとして何組か親子で採録されています。彼女らもそのうちの一組です。


●現代語訳

有馬山の近くにある猪名(いな)にある、笹原に生える笹の葉がそよそよと音をたてる。まったく、そよ(そうよ、そうですよ)どうしてあなたのことを忘れたりするものですか。


●ことば

【有馬山】
摂津の国・有馬郡(現在の兵庫県神戸市北区有馬町)にある山です。昔から猪名(いな)とは組でよく歌に詠まれます。

【猪名(いな)の笹原】
有馬山の南東にあたる、摂津の国猪名川に沿った平地。現在の兵庫県尼崎市・伊丹市・川西市あたりになります。昔は、この辺りは一面に笹が生えていました。

【風吹けば】
風が吹いたら。有馬山から風吹けば、までの上の句全体は、下の「そよ」という言葉を引き出すための「序詞(じょことば)」です。

【いでそよ】
「いで」は「いやはや、まったく」などの意味の副詞。「そよ」は笹がたてるさらさらという葉ずれの音を示すとともに「そうよ」だとか「そうなのよ!」などの意味もあります。二重の意味を持つ「掛詞(かけことば)」です。シャレのようなものですが、短歌では重要なテクニックのひとつです。

【人を忘れやはする】
「人」はこの場合、相手の男のことで、「やは」は反語の助詞。どうしてあなた(人)を忘れることができるでしょう、というような意味です。


●作者

大弐三位(だいにのさんみ。999~?)

紫式部の娘、藤原賢子(ふじわらのかたこ)のこと。母の紫式部同様、一条天皇の中宮彰子に仕え、越後弁(えちごのべん)と呼ばれていた。16歳の時に母は他界、その後藤原兼隆の妻となった。後に後冷泉天皇の乳母(めのと)となり、30代半ばに太宰大弐正三位・高階成章(たかしなのしげあきら)と結婚したので、大弐三位と呼ばれました。


●鑑賞

詞書には「離れ離れ(かれがれ)なる男の「おぼつかなく」など言ひたりけるに詠める」とあります。しばらく来なかった男が、「不安です(あなたが心変わりしていないかと思って)」と手紙を寄越してきたので、「よくもそんなことが言えますこと」というような気持ちで返した歌というわけです。

全然音沙汰がなかったくせに、ずいぶんしてから、「あなたが心変わりしてないか心配でたまりません」なんて、身勝手な男の言いぐさですよね。そこを、現在の兵庫県にある有馬山近くの笹に風が吹く時、笹が「そよそよ」と音を立てるのに引っかけて、「そうよ、ほんとにそうなのよ。忘れているのはあなたの方じゃございませんこと?」と優雅な歌でちょっと嫌みを言ったのですね。平安女性のしたたかな愛の表現といえるかもしれません。

この歌に登場する「猪名」は兵庫県南東部の猪名川の両岸に広がる平地で、一面の笹原でした。万葉の昔から「猪名」と「有馬山」は一対にして詠まれることが多い場所です。
「しなが鳥 猪名野を来れば有馬山 夕霧立ちぬ 宿(やどり)はなくて」(万葉集巻7 作者未詳)
有馬山の一帯を眺めるには、神戸市六甲山の六甲ロープウエーで山頂へ登り、北から東の方角を眺めてみるのもいいかもしれません。付近には有馬温泉などもあり、行楽のついでに、歌の古里を見てみるのも一興です。