【今回の歌】

中納言兼輔(27番)『新古今集』恋・996

みかの原わきて流るる泉川(いづみがは) いつ見きとてか(こひ)しかるらむ

ついこの間まで「今年の桜は早咲きだ」なんて言っていたのに気がついたらもうゴールデン・ウィークの話題が出るようになってきました。今年のゴールデンウィークは前半と後半にきっちり分かれそうな感じですが、中には10連休にする人もいるんでしょうか。とにかく春の大型連休、たっぷり満喫したいものですね。

春のレジャーといえば、泉の湧き出るような高原へハイキングに行くのもまた楽しいもの。だから今回は、泉に関わる歌を取り上げてみました。


●現代語訳

みかの原から湧き出て、原を二分するようにして流れる泉川ではないが、いったいいつ逢ったといって、こんなに恋しいのだろうか。(一度も逢ったことがないのに)


●ことば

【みかの原】
「瓶原(みかのはら)」と書き、山城国(現在の京都府)の南部にある相楽(そうらく)郡加茂町(かもちょう)を流れる木津川の北側の一部を指します。聖武天皇の時代に、しばらく恭仁京(くにきょう)が置かれました。

【わきて流るる】
「わき」は四段動詞「分く」の連用形で「分けて」という意味ですが、「分き」と「湧き」(水が湧く)を掛けています。「湧き」は「泉」の縁語でもあります。全体で「分けて流れる」と「湧き出て流れる」という意味です。

【泉川】
現在の木津川のこと。ここまでが序詞です。

【いつ見きとてか】
「き」は過去の助動詞、「か」は疑問の係助詞です。「いつ逢ったというのか」という意味です。

【恋しかるらむ】
「恋しかる」は形容詞「恋し」の連体形で、「らむ」は推量の助動詞です。「恋しいのだろうか」という意味になります。


●作者

中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ。877~933)

藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)。紫式部の曾祖父で、三十六歌仙の一人です。従三位、中納言兼右衛門督(うえもんのかみ)まで昇進しました。屋敷が賀茂川堤にあり、「堤中納言」と呼ばれて紀貫之らの大歌人たちがよく屋敷に出入りしていました。10世紀頃の中心的な歌人です。


●鑑賞

みかの原を2つに分けて、湧き出て流れる泉川のように、いったいいつあの人を見たといってこんなにも恋しいのだろうか。

泉川までが掛詞で、「分ける」と「湧ける」を掛け、泉(いずみ)と「いつみ」を掛ける。さらに「わき」は「泉」の縁語。と、これだけ見ればテクニックをふんだんに使った普通の恋の歌のようなのですが、この歌には下の句がちょっと現代の常識とはかけ離れています。下の句は実はいくつかの解釈があって、「噂は聞いているが、一度も逢ったことのない女性への恋」や「一度は逢ったが、それがとても信じられないような女性への恋」というものです。今ではどうも「一度も逢ったことがない女性への恋」説が有力だと言われています。言うなれば、アイドル女優に憧れる男子学生の心持ちを綴った歌だというわけでしょうか。それにしても「一度も逢ったことがない」とは…。少しうぶ過ぎるかなあ、と思えるのですが、平安時代の恋心ですし。

まあ、多少の驚きはありますが、「恋に恋する」というか「若き憧れ」の感情をこの歌は上手く表現しています。まだ見ぬ人を恋するという清純な心を、「みかの原に湧きだして流れていく清らかな泉川」に託しています。単なる言葉遊びではなく、ここでこの序詞は、風評でしか知らない絶世の美女に恋する若き少年の実感を描くことに成功しています。

さて、この歌の舞台「瓶原(みかのはら)」は、京都府の南部、奈良県との境に近い木津川の流域で、京都府相楽郡加茂町にあたります。この辺りには8世紀に恭仁京が置かれ、栄えました。現在では、恭仁小学校の北に大極殿の礎石跡が残っています。また加茂町には、恭仁京で鋳造されたという日本最古の貨幣、「和同開珎(わどうかいちん)」の鋳造所も発掘されています。さらに、国宝の三重塔や阿弥陀堂がある浄瑠璃寺(じょうるりじ)などもありますので、散策には適しているかもしれません。訪れる場合は、JR関西本線・加茂駅で下車します。