洗心言

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平成二十五年 初秋の号

四季 花ごよみ

四季 花ごよみ【萩】
  【萩】

秋の七草のひとつである萩は、『万葉集』にもっとも多く詠われた花。草冠に「秋」の字は、平安時代から使われはじめました。

故きをたずねて道を知る

悠久の時の流れに耐え、連綿と読み継がれてきたわが国の古典文学。珠玉の作品には、人間力を高め、こころ豊かに生きるための知恵が息づきます。
初秋の「故きをたずねて道を知る」は、日本三大随筆の一つに数えられる鎌倉時代の作品、鴨長明の『方丈記』をひもときます。


「執着を捨てることで至った無常の境地」


 鴨長明(かものちょうめい)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて生きた人。賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)で神職を務める家系に生まれ、恵まれた幼少期を過ごしますが十九歳で父を亡くします。
その頃から長明は、神職に励むかたわら歌の修行を開始。歌人としての地位を着実に固め、四十代半ばで後鳥羽院に和歌所寄人(わかどころよりうど)に任命されるに至ります。その一方、父が生前務め、自分も望んでいた禰宜(ねぎ)という地位に就くことができませんでした。
まもなく長明は出家。各所を転々とした後、五十四歳のときに日野山(現在の京都市伏見区日野)に方丈(約三メートル四方)の庵を結びます。そして、自らの庵にちなんだ『方丈記』を書き記すのですが、その内容からは、長明が執着を捨てながらも心豊かに生きていたことがうかがえます。

 長明は家も栄誉も人間関係も、あらゆることを捨てて山に入りました。なぜ、そのような行動を取ったのでしょうか。そのきっかけには諸説ありますが、望んでいた地位に就けず、深い失意に陥ったことが考えられます。つぎに、これは『方丈記』に詳細に記されていることですが、平安末期に竜巻や大地震などの天変地異が相次ぎ、それによる多くの人の死に接したこと。また、絶対的と思われていた朝廷の力が衰え、武家が台頭しはじめる時代に生きたことも、きっかけのひとつと考えられています。これらの経験から長明は、ある境地に至ったといいます。執着を捨てるひきがねとなった境地、それは無常でした。

 無常とは一切のものは常に移ろい、不変のものはないということ。たとえば自然は一瞬たりとも同じ姿を見せず、その振る舞いによって世界は大きく変わります。人の心も移ろいやすく、たった一人の心変わりで世界が荒れ果てることもあります。そしてなにより、自分自身もいつどうなるかわからない存在です。
不安は、ずっと続くと信じていたことが変わることへの恐れから生まれるもの。そして、変わったことで人は絶望に追いやられます。しかし、この世のすべては移ろうものと思えば、もし何かが起こっても迷いは小さくなるかもしれません。そもそも執着がなければ、いくら世界が変わろうとも、失意に陥ることはないのかもしれません。もちろん、そのような境地に達するのは簡単なことではないでしょう。事実、長明もすべての執着を捨てられたわけではなかったといいます。
自分にとって執着とは、そして、無常とは。秋の夜長、考えを巡らせてみるのも一興です。


いろはに京ことば

長い歴史のなかで、世界に誇る食文化をはぐくんできた京都には、
食べものを表す独自の言葉もいろいろとあります。
そのひとつに「にぬき」がありますが、
いったい、なにを意味する京ことばかご存知でしょうか?



「聞くほどに味わい深い、食べものの名前いろいろ」


 ヒントは卵を煮抜いたもの。つまり、固ゆで、あるいは半熟の卵のことです。いつごろからある言葉かはっきりわかりませんが、京都ではむかしから使われている「にぬき」。しかし京都だけではなく、大阪や奈良などでも使われているので、関西の方言といえるかもしれません。もとをたどれば、京都から広まったのかもしれませんが。
 卵つながりで話しを広げると、その親である鶏を京ことばでいうと? 答えは「かしわ」。これは、日本在来の鶏の羽が茶褐色で、それが柏餅などに用いる柏の葉に似ていることから生まれた言葉。漢字で書くと「黄鶏」です。もともと全国で使われていたかしわですが、次第に京都をはじめとする西日本だけで使われるようになったのだとか。
 このほかにも京ことばには、食べものを表すいろいろな言葉があります。たとえば、お茶のことを「おぶぶ」といい、京都人のイケズさを示すたとえ話しでおなじみの「ぶぶ漬け」は、お茶漬けのこと。また、「おこうこ」という京ことばがありますが、これは元来、女房言葉だったもの。女房言葉とは、宮中に仕えた女房たちが日常で使っていた隠語のことで、「おかか(鰹節)」や「おでん(田楽)」といったように、言葉の頭に「お」をつけて丁寧に表現するのが特徴。おこうこはなにかというと、漬け物の「香々」におをつけたものといわれています。おこうこには浅漬けの「新香」に対して、古漬けの「古香」が語源という説もあります。蛇足ですが新香におをつけると、「おしんこう」です。
 女房言葉の影響なのかもしれませんが、食べものに「お」と「さん」をつけるのも京ことばの特徴のひとつ。お豆さん、お芋さん、お揚げさんといったように。これは京都の人が、自然の恵みであり、自分たちのいのちを育む食べものを、なにより大切に考えていた証拠かもしれませんね。

ぬか漬けは京ことばで「どぼ漬け」。水分が多いぬか床に野菜を「どぼん」と漬けることにちなむそう

ぬか漬けは京ことばで「どぼ漬け」。水分が多いぬか床に野菜を「どぼん」と漬けることにちなむそう


百人一首 こころ模様

名歌にこめられた「心」に思いを馳せる「百人一首 こころ模様」。
初秋の一首は、伊勢の第十九番です。

 難波潟
    みじかき芦の
       ふしの間も

    逢はでこの世を
       すぐしてよとや

                   伊勢
伊勢
難波潟に生えている葦の、あの短い節と節の間のように
ほんの短い間でさえも、あなたに逢うことなしに、この世を過ごせとおっしゃるのでしょうか。

 難波潟(なにわがた)は、かつて大阪平野に広がっていた遠浅の海岸を指す歌枕。現在の大阪市の中心部はそのむかし海に覆われ、海岸には葦が生い茂っていたといいます。葦の節と節の間は、古くから時間の短いことのたとえに使われた言葉。詞書をひもとくと、この歌は秋に、心変わりしたつれない人への恨みを詠んだものとあります。秋といえば、葦が黄金色の穂を出すころ。作者は、秋風にゆらゆらと揺れる葦の穂に何を見たのでしょうか。
 伊勢は平安時代の中ごろを生きた女性。たいへん美しかった彼女は恋多き人で、その最初の恋は宇多天皇の中宮、温子(おんし)に女房として仕えていたときのことでした。温子の弟である藤原仲平と恋に落ちますが、身分の違いからか、結局は捨てられてしまいます。すると仲平の兄である時平をはじめ、多くの男性が伊勢に言い寄りますが、彼女はそれを振り切り父のいる大和に隠遁しました。
 しかし、温子の招きを受けた伊勢は、ふたたび宮中に戻ることを決意。そして、宇多天皇に見初められた彼女は皇子を生み、「伊勢の御(ご)」や「伊勢の御息所(みやすんどころ)」と称されるまでになりました。ところが宇多天皇が譲位し、温子や自分が生んだ皇子が亡くなると、伊勢はふたたび悲しみの淵に。そんな彼女を支えたのが、宇多天皇の第四皇子であり、光源氏のモデルのひとりとされる敦慶(あつよし)親王でした。熱烈な求愛を受けた伊勢は、親王とのあいだに、後に歌人としてその名を馳せる中務(なかつかさ)という娘をもうけます。
 華麗な恋愛遍歴を重ねた伊勢。しかし、彼女がもっとも愛したのは最初の恋の相手、仲平だったといわれています。この歌がいつごろ詠まれたものかはわかりませんが、もしかすると、仲平に捨てられた後だったのかもしれません。傷心の彼女には、美しい葦原も切ない情景にしか見えなかったのでしょうか。

 
小倉山荘 店主より

秋の稲妻は千石増す
 

 表題は古い諺で、秋に稲妻が一度光ると米の収穫が千石増すという意味です。古代、稲は雷によって霊的な存在と結ばれ、豊かな実りをもたらすと考えられていました。稲妻は、そこから生まれた言葉といわれています。
 私たちが生きる世界は、すべて自然の営みのなかにあります。土、水、光、風、火の調和はさまざまな恵みを与える一方、時に災厄を引き起こします。ゆえに、先人は自然に対して畏怖の念を抱き、自分たちを生かし、命を繋いでくれるその営みへの感謝の気持ちを忘れることがありませんでした。
 今年も収穫の季節を迎えました。日本各地の田んぼで、黄金色に実った稲穂が頭を垂れていることと思います。もっとも、頭を垂れなければならないのは、私たち人間であることは言うまでもないでしょう。
 小さな米の一粒一粒も、人知を超えた無限の営みの結晶であることを、あらためて噛みしめたい初秋です。


報恩感謝 主人 山本雄吉