洗心言

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平成二十五年 初夏の号

四季 花ごよみ

四季 花ごよみ【藤】
  【藤】

高貴な紫色であることから、平安貴族に愛された花。長寿で繁殖力が強いことから、「不死」の花としても珍重されました。

故きをたずねて道を知る

悠久の時の流れに耐え、連綿と読み継がれてきたわが国の古典文学。珠玉の作品には、人間力を高め、こころ豊かに生きるための知恵が息づきます。
初夏の「故きをたずねて道を知る」は、『源氏物語』とならんで平安の女流文学の傑作とうたわれる『枕草子』をひもときます。


「小さな幸せを大切に、心豊かな日々を過ごす」


 『枕草子』は、一条天皇の中宮、定子(ていし)に女房として仕えた清少納言が書きつづった随筆です。博学で才気に満ち、宮中で一目置かれる存在だったという彼女は和歌にも優れ、『小倉百人一首』の第六十二番に自作の歌が選ばれています。ちなみに清少納言は女房としての名であり、本名や正確な生没年などはわかりませんが平安中期の人と考えられています。
 好奇心旺盛だったという彼女は、さまざまなことを「をかし(興味深い)」と思っていたようです。その証拠におよそ三百二十段の作品中には、宮中の日常や貴族たちの華やかな振る舞い、あるいは四季折々に美しい自然についてなど、実に多彩な話題が登場。平安人の雅な暮らしぶりを伝える『枕草子』ですが、そのなかには現代人にも通じる心の動きをいくつも見つけることができます。

たとえば、可愛いと思うものについて。清少納言にとって小さいものはなんでも愛らしかったようで、瓜に描いた幼子の顔、ぴょんぴょんと跳ねてくる雀の子、抱っこされて寝てしまった赤子、かるがもの卵などを「うつくしもの」、すなわち可愛いものの代表として書き連ねています。
女性らしく、どきどきするのは髪を洗い、化粧をして、香をよく薫きしめた着物を着るとき。そんなときは、見てくれる人がいなくても満ち足りた気分になるのだそうです。反対に、がっかりするのはお気に入りのかんざしを磨いていて、誤って折ってしまったときだとか。
また、過ぎ去った日々への懐かしさがこみ上げるのは、つぎのようなときと記しています。人形遊びの調度品を見たとき。昔読んだ草子のなかから、栞にしていた端切れが見えたとき。大切な人からもらった手紙を見つけた雨の日。

ふとしたときに感じる驚きやときめき、温もり。その一つひとつが、なにげない日常を豊かにしてくれることを『枕草子』は教えてくれます。小さな感動を見逃さないためにも、つねに新鮮な眼差しとみずみずしい心を忘れてはならないことを、千年の時を超えて私たちに語りかけます。
さて、春は曙がお気に入りだった清少納言は、夏は夜がお好きだったようです。彼女によると、月夜はもちろん蛍が舞い踊る闇夜が美しく、一、二匹がほのかに飛ぶ姿も素敵で、雨の夜もとても風情があるそうです。この夏は、夜を楽しんでみるのも一興です。


いろはに京ことば

どこかやわらかく、ゆったりとした印象を与える京ことば。
それは、木ぃ、手ぇ、目ぇ、というように、
母音を長く丁寧に発音することで醸されるものといわれています。
「ろぉじ」ということばも、そのひとつです。



「時がゆったりと流れる、京都らしい空間」


ろぉじとは「路地」のこと。一般に京都の路地は、家と家とのあいだに設けられた袋小路の道を意味します。石畳の道沿いに町家が軒を連ねていたりする、京情緒たっぷりの場所です。
通りから路地への入口には、表札がいくつも掲げられた門があったり、住宅の二階部分が上を覆っていたりと、あたかも人の家の入口のような佇まいを見せるところも少なくありません。袋小路のため通り抜けができない路地は、あくまでも道沿いの家に住む人たちの生活道路。そのため、いくら情緒があっても用がなければ足を踏み入れるのはむずかしそうです。
京都にこのような路地がたくさんつくられたのには、つぎのような理由があります。平安時代に唐の長安にならい、碁盤の目のように通りが張り巡らされた京都のまち。一区画は東西南北の四つの通りに囲まれ、家や商店はそれぞれの通りに面するよう「ロ」字状に建てられました。すると、区画の真ん中に空き地が生まれてしまいます。そこで、その空き地に入るための道がつくられ、しだいに家や商店も建てられました。それは豊臣秀吉が都市改造を行なった、安土桃山時代のことといわれています。
路地のかたちは真っすぐだったり、カギ型だったり、もちろん長さもさまざまです。また、人ひとりしか通れないような細い路地から車が行き違えるところまで、道幅もいろいろ。ちなみに、袋小路ではなく反対側の通りに抜けられる道を辻子(ずし)(図子)や突抜(つきぬけ)といい、「天使(てんし)突抜」というとてもユニークな町名もあります。
開発が急激に進む京都市内ですが、しかし路地はまだまだ健在。それは単なる通路ではなく、そこに暮らす人々の共有空間であり、ご近所づきあいの舞台でもあるといいます。時代がどれだけ変わろうとも、そのままの姿で、昔ながらの暮らしを受け継ぐ「ろぉじ」。そこはもっとも京都らしい空間であり、ことばの響きが与える印象と同じくらい、ゆったりとした時間が流れていそうです。

京都のまちなかで、路地と同じくらいよく見かけるのがお地蔵さんの祠。夏の終わりには各町内で地蔵盆が行なわれる。

京都のまちなかで、路地と同じくらいよく見かけるのがお地蔵さんの祠。夏の終わりには各町内で地蔵盆が行なわれる。


百人一首 こころ模様

名歌にこめられた「心」に思いを馳せる「百人一首 こころ模様」。
初夏の一首は、源重之の第四十八番です。

 風をいたみ
    岩うつ波の
       おのれのみ

    くだけて物を
       思ふころかな

                   源重之
源重之
風が激しいので、岩に打ち寄せる波が砕けるように、 つれないあの人のために私だけが 心も千々に砕けて、思い悩むこのごろであるよ。

報われる望みがないことを知りながらも、積もり積もった気持ちを相手に伝えずにはいられない。そんな情熱的な恋心が詠まれた名歌です。
くり返し、くり返し、岩にぶつかってはこなごなに砕け散り、さらに岩に打ちあたる激しい波を作者は我が身に重ねています。そして、荒波にもびくともしない岩を、作者の気持ちを冷淡にはねつける相手になぞらえているのです。どんなに想いを尽くしても、その努力が報われない恋に悩み苦しむ作者の姿には哀れさえ感じます。ところで、この恋の相手は誰なのか、そしてどのような結末を迎えたのかについてはわかっていません。
多くの歌人に強い印象を与えたのでしょうか。この歌にはさまざまな派生歌があり、こちらは第八十番の作者である女流歌人、待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)の一首。「荒磯の岩にくだくる波なれやつれなき人にかくる心は(あの方にいくら想いを寄せても、それは岩に砕け散る波のようなもの)」。絶望的な恋を波と岩の関係にたとえるのに、男女の違いはなかったようです。
源重之(みなもとのしげゆき)は平安時代の中ごろを生きた人で、三十六歌仙のひとり。清和天皇の皇子、貞元親王(さだもとしんのう)の孫であり、二十一ある源氏の流派のなかで清和源氏にあたります。東宮時代から冷泉天皇に仕え、後に相模や肥後、筑前などの地方官を歴任。そのためか、各地の風景を詠んだ歌を数多く残しています。
正確な生没年はわかっていませんが、一説に六十歳を過ぎたころに没したといわれています。仲が良かった藤原実方(ふじわらのさねかた)(第五十一番の作者)が陸奥守に左遷されたとき、ともに下向し、都に戻ることなく陸奥で人生を終えたそうです。

 
小倉山荘 店主より

目には青葉山時鳥初松魚
 

 表題は江戸時代の初めころを生きた俳人、山口素堂(そどう)の一句です。青葉も、時鳥(ほととぎす)も、そして初松魚(かつお)も、いずれも初夏の季語であり、その季節感を端的かつ巧みに表わした名句として知られています。
 清々しく、生き生きとした時節の趣を感じさせるとともに、この俳句はつぎのようなことを気づかせてくれます。目は本来、人の悪いところを見るために与えられたものではなく、耳は悪口や噂話しを聞こうとそばだてるものではなく、口は決して嘘を言うために開くものではないことを。私たちはそのことを知っていながらも、ついそれを忘れがちです。
 美しいものを見て目を楽しませる。心地よい音に耳を傾ける。美味しいものをいただく。その喜びを素直に表わし、それぞれの恵みに感謝の言葉を述べる。特別変わったことをするのではなく、心を少し砕くだけで人生はより豊かになることをあらためて知る、夏の始まりです。


報恩感謝 主人 山本雄吉