洗心言

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平成二十五年 仲春の号

四季 花ごよみ

四季 花ごよみ【桜】
  【桜】

平安貴族にとって春を代表する自然美であった桜。『小倉百人一首』にも桜(花)を題材にした歌が六首あります。

故きをたずねて道を知る

悠久の時の流れに耐え、連綿と読み継がれてきたわが国の古典文学。珠玉の作品には、人間力を高め、こころ豊かに生きるための知恵が息づきます。
新連載の「故きをたずねて道を知る」。第一回は『枕草子』『方丈記』とならんで日本三大随筆に数えられる『徒然草』をひもときます。


「無常の世を前向きに、かろやかに生きる」


「つれづれなるままに、ひぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事をそこはかとなく・・・」。この一文ではじまる『徒然草』は、鎌倉時代の末期に書かれたとされる随筆です。作者の吉田兼好は歌人として名を馳せながら、三十代の初めごろに突然出家。以来、一切の名誉や欲を捨て、隠遁生活を送るなかで自分の考えを書きつづったのが全二四四段からなる『徒然草』でした。
その約百年前に書かれた鴨長明の『方丈記』と同じく、兼好の文章を貫くのは仏教的無常観。すなわち人間の世界ははかなく移り変わり、いつまでも同じものはないという考えです。しかし人生に悲観した長明とは対照的に、兼好は無常であることをけっして悲しむことなく、むしろはかない世をいかに有意義に生きるかということに大きな意味を見出したのです。

たとえば、世渡りについて兼好はこのように述べています。世の中にはすべからく時機や順序というものがあり、何事を行うにしてもそれらを上手く見計らなければならない。それを誤るとまわりの人々の誤解や反感を買い、物事が失敗に終わることもある。
そのうえで、つぎのような言葉を書きつづっているのです。病気や死といった人生の一大事は、こちらの思惑にまったく関係なくやってくる。それはある日突然に訪れるかもしれないし、そうでなくても人が生きている以上、いつか絶対にやってくるものだ。また、人が年老いて病いに倒れ、死ぬまでの時間はときとして四季の移り変わりよりも早い。さらに死は未来から来るとは限らず、気がつくと後ろに迫っていることもある。
だからこそ、かならず成し遂げようと心に決めたことは時機や順序にかかわらず、世のしがらみにとらわれることなく、すぐに実行に移さなければならない、と。

得意の和歌、自然のふるまい、政、仏教、人のうわさ、芸術、お金、『平家物語』などの説話文学、礼儀にまつわることなど。好奇心旺盛で博学多才だった兼好は、世を取り巻くあらゆる事柄について思慮深く、しかしかろやかに語ります。
ところで、「徒然」とはすることがなくて手持ち無沙汰な様子を表す言葉。この春は時間が空いたときにゆっくりと、兼好の話しとつきあってみてはいかがでしょうか。


いろはに京ことば

人を魅了してやまない、耳にやさしいまろやかな響きのなかに
独特のニュアンスをもつ京ことば。
新連載の「いろはに京ことば」ではさまざまな京ことばを通して、
京都人ならではの気質や京都の歴史、文化などをご紹介してまいります。


「コミュニケーションの極意、それが「いけず」」


「いけず」を辞書で引くと、「意地が悪いこと」とあります。京都の人はいけずとよくいいますが、一体どういったところがいけずなのでしょうか。
たとえば、こんなひとこと。和服を着てめかしこんだ女性に、「ええ帯をしめたはりますなぁ」。ほめているようですが、その言葉には「帯が着物に合っていない」とか「着物自体はあまりよくない」といったニュアンスがあるといいます。また、ぶぶ漬けにまつわる有名な噂も、京都人のいけずぶりを示すもののひとつ。長居する客に対して「ぶぶ漬けでもどうどすか」と勧め、相手が「いただきます」と答えれば、「無粋な人どすなぁ」と陰でばかにするというあのお話しです。
一見すると皮肉や嫌みたっぷりに思える発言や行動で、いけずそのものという気がしますが、単純にそうとはいえないというのが京都人の考え方。前者であれば、「着物を着る以上は、ちゃんとしたほうがいいですよ。そうしないと恥をかくかもしれませんよ」という、相手を思いやる心がこめられているようです。後者であれば、そもそも食事時に人様の家にお邪魔していることが非礼なわけで、そのことをそれとなく気づかせてあげようという思いがこめられているといいます。
もともと京都人は、直接的な言い方ではなく婉曲な言い回しを好む人たち。その言い回しが、はたから見ると意地が悪いように感じられるのかもしれません。また、人情の機微に通じない、いわゆる野暮なふるまいを好まない精神も、いけずの根底にあるのかもしれません。
そんな京都人と相対するためには、言葉の表面だけではなくその内側にあるものを理解しようと、つねに想像力を発揮する必要があります。たいへんですが、しかし本来、人と人とのコミュニケーションとはそういったもの。そう考えると、京都人のいけずなもの言いはコミュニケーションの基本であり、極意なのかもしれません。


長居する客を退散させるためのおまじない、「逆さ箒」も京都人のいけずぶりを表すもの?

長居する客を退散させるためのおまじない、「逆さ箒」も京都人のいけずぶりを表すもの?


百人一首 こころ模様

名歌にこめられた「心」に思いを馳せる「百人一首 こころ模様」。
第一回は、入道前太政大臣の第九十六番です。

 花さそふ
    嵐の庭の
       雪ならで

    ふりゆくものは
       わが身なりけり

                   入道前太政大臣
入道前太政大臣
花を誘って散らす山嵐が吹きおろす庭には、 雪のように桜の花が降るけれど、 古(ふ)りゆくものは花ではなく、わが身であるのだ。

作者の入道前(にゅうどうさきの)太政(だじょう)大臣(だいじん)は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて生きた藤原(ふじわらの)公(きん)経(つね)のこと。武士の台頭により貴族社会が没落する時代にありながら、公卿として最後まで権勢をふるった人物です。
公経の栄華のはじまりは、鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝の妹婿、一条(いちじょう)能(よし)保(やす)の女(むすめ)との結婚でした。すでに政治の実権を握っていた鎌倉方と強い絆で結ばれることで、公経は朝廷内で次第に力を増していきます。承久三年(一二二一)に起こった承久の乱では、倒幕をめざす後鳥羽院の計画を報せることで幕府側の勝利に大きく貢献。これをきっかけにさらなる出世がはじまり、ついには従一位にまで登りつめ、朝廷の実権を掌中に収めるに至るのです。
孫の頼(より)経(つね)が四代将軍の座に就くなど、まさにわが世の春を謳歌していた公経はやがて出家し、衣笠山のふもと、現在の金閣寺あたりに贅を尽くした西園寺(さいおんじ)を建立。そして、清華家(せいがけ)のひとつである西園寺家を興隆させます。
その後も、孫娘の姞子(きつし)を後嵯峨天皇の中宮として入内させるなどして、比類なき権勢を誇り続けた公経。そんな人物をしても意のままにならなかったものがひとつ。それは老いの訪れです。この歌がいくつのときの作かはわかっていませんが、かなり年を重ねてから詠んだであろうことはまちがいないでしょう。とめどなく散る桜を目の当たりにしたとき、老年の公経の胸にはどんな思いが去来したのでしょうか。それは、自分の力ではどうすることもできない老いへの哀しみだったのでしょうか、それとも、やりたいことを十分にやり尽くしたという感慨だったのでしょうか。
公経は七十四歳まで生き、『小倉百人一首』の歌人のなかでもっとも長く生きたといわれています。

 
小倉山荘 店主より

花無心にして蝶を招き 蝶無心にして花を尋ぬ
 

 表題は江戸時代の僧、良寛が書いた詩の一文です。この後にも文章はつづき、およそつぎのような意味の詩になります。
花は何のたくらみもなく蝶を招き、蝶は何のこだわりもなく花を尋ねまわる。花が咲くと蝶がやって来て、蝶が来ると花はおのずと開く。私も他の人の気持ちを知らないし、他の人も私の気持ちを知らない。ただ、なりゆきに従うだけのことだ。
 良寛は地位や名声に対する欲がなく、村の子どもたちと遊びながら心のままに詩や和歌をつくり、それでいて多くの人に慕われたといいます。
好かれようとか、何かを得ようとか。人と人との絆は、そんな思いを超えたところからはじまるのかもしれません。自分は何の役に立っていないと思っていても、きっとどこかで、誰かの役に立っているにちがいありません。
あるがままに生きること。生かされていること。その意味を、この詩と良寛の生き様が教えてくれます。


報恩感謝 主人 山本雄吉