洗心言

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平成十四年 初夏の号
伝承の花

    【  】

その名は「風散」に由来するともいわれ、春の終わりを告げるかのように散り行く藤の花。花言葉は恋に酔う。高貴な佇まいは、清少納言をはじめとする数多くの雅人に愛されました。



自然の恩恵 共存の知恵

 何気なく辺りを見渡せば、そこには先人たちが過酷な自然とともに生きるなかで培ってきたより豊かに、より快適に生きていくための知恵や今も生き続ける数々の遺産を見いだすことが出来ます。人と自然がひとつになることで生まれ出る本当の豊かさ。小倉山荘がお届けしたい気持ちもここにあります。

 第二回は着物と衣替えをモチーフに、はるか古より脈々と受け継がれてきた日本人の自然観について、いま再び考えてみたいと思います

折々の息づかいを肌で知る。着物に織られた、日本人の自然観。

【繊細な季節感を表す美しい慣わし、衣替え】
 雨に煙る紫陽花、五月晴れに輝く新緑、清々しい鮎の香り・・・。皐月から水無月へかけての風物詩を数えれば枚挙に暇がありませんが、ご年配の方のなかには衣替えを、それも着物の更衣を思い浮かべる方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。裏地を付けて仕立てた袷から、裏地を付けずに仕立てた単衣へ。春から夏の装いへと移り変わる様はそのまま季節の歩みを映すかのようで、平安の古より脈々と受け継がれてきた衣替えは、日本人の繊細な季節感を表す慣わしであるといっても過言ではないでしょう。
 しかし着物をきることがめっきり少なくなった昨今、衣替えといえば洋服の更衣を意味し、しかも衣替えの習わしそのものが失われつつあるとききます。

【日本の気候に馴染む、平織りの布で仕立てられた着物】
 そもそも通気性の高い平織りの布で仕立てられた着物は、保温性に優れた綾織の布で仕立てられた洋服より、日本の気候に数段あった衣裳といわれています。何故なら湿気の多い我が国では、風の通りがよいことが何よりも大切。むろん、それは衣裳とて同じ。そこで弥生時代より、通気性に優れた平織りの布が編まれはじめたといわれ、その素材も麻から、より着心地のいい絹へと変わっていったと伝えられます。
 一方、保温性に重点を置いた洋服は、寒暖の差が激しいヨーロッパの国々の気候に合わせたもの。日本の自然環境に馴染まないという理由は、そんなところにあるのです。

【衣替えで、日々の暮らしに句読点を打つ】
 一人で着るのがむずかしい。手入れがわずらわしい。現代の生活様式にそぐわない。着物が敬遠される理由は、それこそ枚挙に暇がありません。しかしときには、自然とともに生きるための知恵が託された着物を纏い、折々の息づかいを肌で感じて見るのも、たいへん意義深いことではないでしょうか
 そして、ともすれば流されがちな日々の暮らしに大きなけじめをつける意味からも、衣替えという美しい習わしをいまいちど愉しんでみるのも一興といえましょう。



平安の遊・藝

囲碁

 小倉山荘がその屋号やひとつひとつのお菓子に託した情緒の源は平安のいにしえに遊ぶ大宮人の優美なる暮らしぶりや洗練された機知にたどり着きます。
 王朝を彩ってきた遊びや芸能の紹介を通じて華やかな平安の世界を今にお伝えします。

【平安貴族が小学生に碁を指南】
 いま、子供たちの間で、囲碁が大流行なのだそうです。少年棋士を主人公とし、テレビアニメにもなった漫画「ヒカルの碁」の人気によるものらしく、ここしばらくは閑古鳥が鳴いていた町の囲碁教室も、最近は未来の本因坊を夢見る豆棋士たちで大にぎわいだとききます。
 漫画のあらすじは、天才棋士の霊に乗り移られた少年ヒカルの奮闘をコミカルに描いたものですが、その天才棋士、藤原佐為と名のる平安貴族は、主人公であるヒカルをしのぐほどの人気なのだそうです。

【清少納言はかなりの打ち手?】
 囲碁は六世紀半ば、中国から朝鮮半島を経て我が国に伝わり、やがて貴族や僧のあいだで流行しました。現在ではどちらかというと男性的なイメージの強い遊びですが、盛行した平安時代には女性たちにもたいへん好まれ、『枕草子』や『源氏物語』にも囲碁について詳しく書かれたくだりをみることができます。とりわけ『枕草子』には、囲碁用語を巧みにあやつり殿上人と男女の会話を愉しむ清少納言が登場することから、彼女はかなりの打ち手だったのではと推測されているのですが、いかがなものでしょうか。
 また、宮中では賭け事として囲碁を嗜むことも多かったそうで、醍醐天皇は「碁聖」と称された僧、寛蓮上人と金の枕を賭けたという話が伝わります。

【囲碁と平安京との不思議な縁】
 一説によると、囲碁はもともと占いのために生みだされたものだそうです。たしかに黒石と白石は陰陽を表しているようであり、十九路盤に付された三百六十一の目は一年の日数を示すようでもあり、さらに四隅は春夏秋冬を意味するようでもあります。そして、碁盤といえば真っ先に思いだされるのが、平安京の大路小路。街づくりの智恵もいにしえの中国から伝わったものであることを考えれば、囲碁と平安京との間には、不思議な縁があるのかもしれません。




百人一首逍遙

春過ぎて
  夏来にけらし白妙の
   衣干すてふ
     天の香具山

       持統天皇

 「天の香具山」は奈良県の橿原市と桜井市との境、かつては藤原京と呼ばれた里に仰臥するなだらやかな山で、耳成山、畝傍山と並び大和三山に数えられています。藤原京とは六九四年に誕生した我が国最古の本格的な都のこと。律令制が整えられた社会のなかで香り高き文化の華が咲き誇りますが、わずか十六年で都の座を平城京に譲り、その後は歴史の表舞台に出ることはありませんでした。今回ご紹介する歌は、その藤原京を造営した後に太上天皇となった女帝、持統天皇が詠んだ一首です。

 その大意は、

 いつのまにか春が過ぎて、夏がきたようだ。
 夏になると白妙の衣を干すという天の香具山に
 衣がひるがえっているのが見えるから。


とされています。白妙とは栲という木の線維で織った白い衣のこと。春から夏への季節の移り変わりが、山を覆う瑞々しい新緑と風に舞う布の白さとで象徴された、涼味あふれる一首といえるでしょう。

 さて、元来『新古今和歌集』に載せられたこの歌、『小倉百人一首』では少し表現が変えられています。原歌では「白妙の衣を干す」と詠まれているのに、「白妙の衣を干すという」と聞き伝えの表現に変えられているのです。それには諸説紛々ですが、一説によると季節感が豊かに息づいていた時代への切なる思いが託されているのだとか。雅びやかな平安人が、心の奥底にそんな郷愁を宿していたとは、何とも不思議な感じがしましょう。いつの世も人は、失われたものへの憧憬を抱きながら、日々を過ごすもの。この歌は、私たち現代人にも通ずる心の機微を知らしめてくれる一首ともいえましょう。


小倉山荘 店主より

人を幸せにすることほど、幸せなことはなし。
 世に、「青春とは人生のある期間ではなく、こころの様相である」と謳われます。人は理想を失うときに初めて老い、道は情熱を失うと閉ざされてしまうという機微を、短くも深く表した言葉といえましょう。

 事業に携わるすべての方がそうであるように、私どもも日々知恵を絞り、汗を流しながら仕事に取り組んでいます。そうしてお届けするお菓子に、お客さまからお褒めの一言をいただくとたいへんうれしく、またそのような喜びが明日への励みとなり糧となるものです。

 日本を代表する起業家の方が自著において、「人を幸せにする人が幸せになる」と述べていらっしゃいます。なるほど、人を幸せにすることほど幸せなことは、恐らくほかにはございません。

 多くの方に喜びの花を咲かせることを理想とし、愛されるお菓子づくりにあくなき情熱と信念をもって、いつまでも青春経営を続けてまいりたいものです。

報恩感謝 主人 山本雄吉