洗心言

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平成二十七年 初夏の号

四季の文

四季の文【笹】
  【笹】

笹は竹より小ぶりながらも、竹と同じく常緑で一年中枯れることがないことから、古くから縁起物として愛されてきました。


花鳥風月雨雪

日本が世界に誇る文化や芸術。その礎には、この国ならではの季節感や自然観があるといわれています。
四季が豊かな国に生きることで育まれ、受け継がれてきた独特の感性をご紹介する「花鳥風月雨雪」。初夏は、鳥にまつわるお話しです。


「夏の訪れをいち早く告げる時鳥(ほととぎす)」


 カッコウとよく似ていることから「郭公」、古代中国の故事にちなんで「不如帰」や「杜宇」などの字が当てられ、夜にもよく鳴くことから「黄昏鳥(たそがれどり)」や「夕影鳥(ゆうかげどり)」、あまり人目につかないことから「偶鳥(たまさかどり)」とも呼ばれるホトトギス。
 さまざまな書かれ方や異名をもつこの鳥は、古くから和歌の代表的な題として日本人に親しまれてきました。その理由は「時鳥」という書かれ方によく表されています。
「時鳥」とは、夏の訪れをいち早く告げることに由来するもの。四季折々の趣を三十一文字に綴るため、なによりも季節の移ろいに敏感であったいにしえの人々にとって、ホトトギスは春のウグイスとともに特別な存在だったのです。

 ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる
これは『小倉百人一首』の第八十一番、後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)の一首。ホトトギスの初音である忍音(しのびね)を聴こうと山に繰り出し、今か今かと暁まで寝ずに待ち明かし、いざ鳴いたと思って声のした方角をすぐさま眺めたものの、そこにはすでにホトトギスの姿はなく、ただ有明の月だけが空に浮かんでいた。そんな情景を詠んだ名歌です。
これと似た逸話が清少納言の『枕草子』にも登場することから、平安人にとって忍音を聴くことは、とても風流な遊びであったことがうかがえます。

 ホトトギスは新緑が眩しいこれからの季節、大陸からはるばる飛んでくる渡り鳥。同じ渡り鳥であるツバメのように街なかで見られる鳥ではありませんが、今も山の近くに行けば、いにしえの人々がこよなく愛した鳴き声を聴くことができるといいます。この初夏は忍音に耳を傾けながら、平安人の遊び心に想いを馳せてみるのも一興です。
ところで、ホトトギスの名は「ホトホト」と聴こえる鳴き声に由来するもの。もっとも鳴き声はいろんな風に聴こえ、「テッペンカケタカ」や「トッキョキョカキョク」とけたたましく聴こえるのが特徴です。ウグイスのようにのどかな声ではありませんが、風変わりだからこそ心に強く残るのかもしれません。




京の顔あれこれ

日本だけでなく、世界が注目する古都の知っているようでよく知らないいろいろな「顔」をご紹介する「京の顔あれこれ」。
初夏は、観光についてのお話しです。


「世界一の観光都市、ナンバーワンのお稲荷さん」


 昨年(二〇十四年)、京都がある栄冠に輝きました。それは、世界でもっとも魅力的な観光都市という名誉。世界的な影響力をもつアメリカの旅行雑誌が行った、世界の人気都市を決める読者投票で、フィレンツェやイスタンブール、バルセロナといったそうそうたる都市を抑えて一位の座を獲得したのです。前年の五位からの大躍進で、十位以内に入った日本の都市は京都だけでした。
 これは風景、芸術・文化、食、人など五項目の総合評価で決まるもの。観光業界の専門家ではなく雑誌の読者、つまり実際の旅行者が判断することから、実感のこもった結果といえるでしょう。
 千二百年の歴史を受け継ぐ古都であり、日本を代表する国際観光都市である京都。その「実力」が証明された調査結果をもうひとつご紹介しましょう。旅行者が自らの体験を投稿する、世界最大のインターネット・サイトがまとめた二〇十四年の「外国人に人気の日本の観光スポット」調査で、京都のある名所が堂々の一位に選ばれたのです。それはどこだと思いますか? 世界遺産の金閣寺? 同じく清水寺? それとも嵐山? ナンバーワンの座に就いたのは伏見稲荷大社でした。
 平安京造営以前からの歴史をもち、日本全国に約三万社あるとされるお稲荷さんの総本宮が外国人を魅了するいちばんの理由は、神秘的なところだそうです。特に千本鳥居と呼ばれる、山に向かって朱色の鳥居がトンネルのように連なる光景がとても「クール」なのだとか。
 伏見稲荷大社が第一位という結果は少々意外。そうお思いの方は、ぜひいちど参拝してみてください。想像を超えた神秘的な光景に、きっと心奪われることでしょう。

お稲荷さんといえば、きつね。これは神ではなく、神の使いである霊獣

お稲荷さんといえば、きつね。これは神ではなく、神の使いである霊獣


百人一首 千年の景

名歌に詠われた情景をご紹介する「百人一首 千年の景」。
初夏の一首は、大納言公任の第五十五番です。

 滝の音は
    絶えて久しく
       なりぬれど
    名こそ流れて
       なほ聞こえけれ

                 大納言公任
大納言公任
滝の流れが涸れ、水音が途絶えてかなりの年月が経ったが、見事な滝であったといううわさは今の世に流れて、なおも鳴り響いていることよ。

 この歌が最初に収められた『拾遺集(しゅういしゅう)』の詞書によると、詠まれた場所は大覚寺。現在も京都、嵯峨にある寺はそもそも平安時代の初めごろに、嵯峨天皇が離宮として建てたものでした。天皇はそこに滝をつくり、その流れを滝殿から賞でる遊びをこよなく愛したといわれています。
 嵯峨院と呼ばれた離宮が寺に改められたのは、嵯峨天皇の崩御から数十年後の貞観(じょうがん)十八年(八七六)のこと。そして、それからさらに百年以上の歳月が過ぎ、作者の目の前に広がっていたのは荒れ果てた庭と、流れが涸れた滝でした。
 世は無常といいます。どれだけ栄えても永遠ということはなく、栄華は移ろうものです。しかし、真に美しいものはたとえ形なくなれど、末永く記憶されるという世の習いを、この歌はあらためて感じさせてくれます。歌に詠まれた涸れ滝は「名こそ流れて」の句から「名古曽(なこそ)の滝」と呼ばれるようになり、現在、その跡地は嵯峨天皇が築造した大沢池とともに国の名勝に指定されています。
 大納言公任(だいなごんきんとう)は平安時代の中ごろに生きた人。祖父の実頼(さねより)、父の頼忠(よりただ)ともに関白太政大臣を務めた名門、藤原北家の出身で、名前が示す通り正二位(しょうにい)権大納言(ごんだいなごん)になりました。
 和歌のほかに漢詩と管弦に優れた公任には、こんな逸話が残されています。藤原道長が大堰川(おおいがわ)に和歌、漢詩、管弦の船を浮かべ、それぞれの道に秀でた人を乗せた際、道長は公任の才能を踏まえたうえで「どの船にお乗りになるか」と尋ねたそうです。この逸話をもとにして、和歌、漢詩、管弦の三つの才能を兼ね備えていることを表す、「三船(さんせん)の才」という言葉が生まれました。


 
小倉山荘 店主より

好きこそ物の上手なれ
 

 人間には、三つのタイプがあるといいます。周囲からの刺激で燃える可燃型。少しも燃えない不燃型。そして、自ら燃え上がる自燃型。このうち物事を成し遂げ、なんらかの業績を挙げるのは自燃型であり、そうなるためには、何事も好きになることが大切なのだそうです。
 仕事も、遊びも、趣味も、誰しも好きになれば一生懸命になり、もっと楽しもうと努力や工夫を重ねます。そうして一つのことをやり遂げれば達成感を得て、それを糧としてまた新しい「好きなこと」をはじめれば、火はいつまでも消えることを知りません。
そして、その火は燎原の火のように、周囲を熱くします。
 自然は自燃から生まれたもの、つまり自分らしさは自ら燃えることに由来するという説があります。「夏炉冬扇(かろとうせん)」とは、季節外れで無駄なことの例えですが、心のなかの炉だけはいつであろうと、火を絶やさないでおきたいものです。


報恩感謝 主人 山本雄吉