ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2001年7月10日配信】[No.030]
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 【今回の歌】

   おほけなく うき世の 民(たみ)に おほふかな
    わがたつ杣(そま)に 墨染(すみぞめ)の袖

       前大僧正慈円(95番) 『千載集』雑中・1137

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  フレッシュな小泉首相の登場で、にわかに注目を浴びてきた
 政治の世界。国会中継をはじめて見た、という人もかなり多か
 ったようです。
  気宇壮大に日本を改革しようという気概は、これまでの首相
 にはなかったものですが、さて実際の政策の効果やいかに?
  さて、戦で荒んだ平安時代の末期にも、仏法の力によって天
 下万民を救おうと意気上がる若い僧侶がいました。今回の歌は
 そんな若い理想を詠んだ一首です。

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  身の程もわきまえないことだが、このつらい浮世を生きる民
 たちを包みこんでやろう。この比叡の山に住みはじめた私の、
 墨染めの袖で。
 
■□■ ことば ■□■
 【おほけなく】
  「おほけなし」は「身分分相応だ」とか「恐れ多い」という
 意味です。慈円は時の関白の息子でしたので高い身分でしたが
 ここでは謙遜の意味で使っています。
 【うき世の民】
  「うき世」は「憂き世」で、「辛い世の中」を意味していま
 す。慈円の生きた時代は、保元・平治の乱など戦さが続いてい
 ました。「民(たみ)」は人民のことです。
 【おほふかな】
  「(墨染の袖で)覆うことだよ」という意味で、この場合は
 作者が僧ですので、仏の功徳によって人民を護り救済を祈るこ
 とを指しています。「おほふ」は「袖」と縁語です。
 【わがたつ杣(そま)に】
 「杣」は植林した木を切り出す山「杣山(そまやま)」のこと
 で、ここでは比叡山を指します。「私が入り住むこの山で」と
 いう意味になります。この句は、比叡山の根本中堂(こんぽん
 ちゅうどう)を建てるときに最澄(伝教大師)が詠んだ「…我
 が立つ杣に冥加あらせ給へ(私が入り立つこの杣山に加護をお
 与えください」という歌をふまえています。
 【墨染の袖】
 僧侶の着る墨染めの衣の袖の意味。「墨染」と「住み初め(住
 みはじめること)」の掛詞で、前の「おほふかな」に続く倒置
 法を使っています。
 
■□■ 作者 ■□■
  前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん。1155〜1225年)
  法性寺関白藤原忠通(ふじわらのただみち)の息子。13歳で
 出家し、37歳の時に天台宗の座主(比叡山延暦寺の僧侶の最高
 職で首長)となりました。法名が慈円でおくり名が慈鎮(じち
 ん)です。日本初の歴史論集「愚管抄」の作者でもあります。
 
■□■ 鑑賞 ■□■

  身の程知らずのことだけれど、これから比叡山に住んで、開祖最
 澄(伝教大師)の意志を継ぎ、この荒れてつらい世の中の民を仏法
 の墨染めの衣で包み込んで救済し、心安らかに暮らさせてやるのだ。
 それが私の使命なんだろう。
             ◆◇◆
  この歌がどういう事情で詠まれたのか、確かなことは定かではあ
 りません。けれど「千載集」ができたのが文治4(1188)年ですの
 で、おそらく作者が相当若い、20代の頃に詠まれたものだろうと思
 われます。
  若い僧侶が、伝教大師の歌を本歌としてふまえ、自らの使命感と
 理想を高らかに詠んだ一首。若さにふさわしい歌といえるでしょう。
  作者慈円は時の関白藤原忠通の息子で、とても位の高い人物です。
  しかし慈円の生きた時代は、権力を極めた藤原氏の勢力が徐々に
 弱まり、貴族そのものが衰退して新興勢力である武士の時代へと移
 り変わっていくその時でした。保元・平治の乱で都が荒れ、1192年
 にはついに鎌倉幕府が開かれます。激動の時代そのものでした。
  そう考えると、後々この歌は深い意味を持ってきたことでしょう。
  慈円は後の1220年に日本で初めて歴史を論じた史論集「愚管抄」
 を書き上げます。慈円の理想はかなえられたのでしょうか。
             ◆◇◆
  この歌の舞台は天台宗の開祖・最澄が開いた比叡山延暦寺。比叡
 山への行き方はいろいろありますが、車を使うなら奥比叡ドライブ
 ウェイを使う方法があります。またバスなら京都駅前から比叡山ド
 ライブバスに乗る方法。電車なら京阪電鉄出町柳駅で叡山電車に乗
 り換え、八瀬遊園駅からケーブルカーとロープウェイで山頂に上れ
 ます。
  延暦寺の見物は、788年に建てられ1200年の歴史を持つ根本中堂の
 ある東塔エリアをはじめ、西塔、横川の3エリアに渡って歴史ある
 建物が並んでおり、観光客も数多く訪れます。行事も3月の大護摩
 供、4月下旬の桜まつり、8月9日からの根本中堂のライトアップ
 や盂蘭盆会、秋の紅葉まつりやスタンプラリーなどさまざま。
  自然も美しく、精進料理も楽しめますので、ぜひ訪れてみたい観
 光スポットです。

 

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