【今回の歌】

源兼昌(78番)『金葉集』冬・270

淡路(あはぢ)かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守(せきもり)

寒い日が続きます。シューベルトの歌曲に「冬の旅人」というものがありますが、こんな時期に荒涼とした海辺を歩く旅人は、何を想っているのでしょうか。


●現代語訳

(冬の夜)淡路島から渡ってくる千鳥の鳴き声に、幾夜目を覚まさせられたことだろうか、須磨の関守は。


●ことば

【淡路(あはぢ)島】
兵庫県の西南部沖に位置する島です。

【かよふ】
「通ってくる」の意味です。他に「(淡路島へ)通う」や、「(淡路島と須磨の間を)行き来する」などの意味である、という説もあります。

【千鳥】
水辺に住む小型の鳥で、群をなして飛びます。歌の世界では、冬の浜辺を象徴する鳥で、妻や友人を慕って鳴くもの寂しいもの、とされていました。

【いく夜寝覚めぬ】
いく晩目を覚まさせられたことだろうか、の意味。「ぬ」は完了の助動詞の終止形です。本来は「いく夜」と疑問詞が入るので、「ぬる」が正しいのですが、語調の面から「ぬ」にしたと思われます。

【須磨の関守】
須磨は、現在の兵庫県神戸市須磨区で、摂津国(現在の兵庫県)の歌枕。すでに源兼昌の頃にはなくなっていましたが、かつては関所が置かれていました。関守(せきもり)とは、関所の番人のことです。


●作者

源兼昌(みなもとのかねまさ。生没年未詳。12世紀初頭の人)

宇多源氏の系統で、従五位下・皇后宮少進にまで昇った後、出家しました。多くの歌合せに出席して、「兼昌入道」などと称しています。


●鑑賞

摂津国須磨(現在の神戸市須磨)といえば、平安時代は流謫の地で、在原業平の兄、行平が流れ住んでいた場所です。その故実に基づいて創作されたのが、源氏物語の「須磨の巻」。老いた光源氏は退隠していたこの須磨で、
友千鳥 もろ声に鳴く暁は ひとり寝覚の 床もたのもし
という歌を詠みます。この歌は、それを踏まえた歌なのです。

荒涼とした須磨で、海向かいに見える淡路島から千鳥が渡ってくる。その寂しい鳴き声に、関守がつい眠りを妨げられ目覚めてしまい、真夜中に自分の孤独な境遇をひっそりと実感する。なんと寂寞とした歌なのでしょう。

ただし、兼昌は実際に須磨の地でこの歌を詠んだのではなく、歌合せの「関路ノ千鳥」という題から創作したものです。現在の須磨と淡路には、明石大橋が架かっており、車で島まで渡ることができます。須磨から西の明石までの海岸線は美しく、新幹線などの車窓から海を見ながらの旅も楽しいものです。