ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2003年2月5日配信】[No.100]
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 【今回の歌】

  瀬を早(はや)み 岩にせかるる 滝川(たきがは)の
   われても末(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ

             崇徳院(77番) 『詞花集』恋・228

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  2月4日は立春でした。時間の過ぎゆく速さにはいつも驚かさ
 れます。暦の上ではもう春なんですね。
  それにしても1月下旬から寒さが特に厳しくなり、依然として
 雪が降ったり凍るような風が吹いたりしている毎日です。
  山に掛かる雲も、輪郭がぼやけ、綿菓子のような形のをよく見
 かけるようになりました。輪郭があいまいなのは、雪を降らせる
 雲の特徴。山頂部は激しい雪が降っていることでしょう。
  今は全国的にインフルエンザが大流行しているようですし、と
 ても春に近づいた様子がない、というのが正直なところ。
  しかし気がつくと日の暮れがすこしづつ遅くなっています。
  そういうところに、かすかな春の気配を感じる、といったとこ
 ろでしょうか。

  長い不況が続いており、海外ではテロや戦争の噂まであります。
 今の時期は誰しもに厳しい「冬」にもたとえられるでしょうが、
 長い冬は暖かい春への準備だとも言えるでしょう。月の半ばごろ
 からは、梅の便りも届くでしょうし。暖かい春を目指して準備を
 怠りなく過ごしたいものです。
  最終回は、鳥羽天皇の第一皇子・崇徳院が詠んだ再会を待つ一
 首です。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
  川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれ
 る。しかしまた1つになるように、愛しいあの人と今は分かれて
 も、いつかはきっと再会しようと思っている。
 
■□■ ことば ■□■

 【瀬を早(はや)み】
 「瀬」は川の浅いところのことです。「〜を+形容詞の語幹+み」
 と続くと、「〜が・形容詞・なので」と理由を表す言葉になりま
 す。ここでは「川の瀬の流れが速いので」という意味です。
 【岩にせかるる 滝川(たきがは)の】
 「せかる」は「堰き止められる」という意味の動詞「せく」の未然
 形で、後に受動態の助動詞「る」が付きます。
 「滝川」は、急流とか激流という意味です。上の句全体が序詞で、
 下の句の「われても」に繋がります。
 【われても末(すゑ)に】
 「われ」は動詞「わる」の連用形で、「水の流れが2つに分かれる」
 という意味と「男女が別れる」という意味を掛けています。
 「ても」は逆接の仮定で、「たとえ〜したとしても」という意味で
 すので「2つに分かれてたとしても後々には」という意味になります。
 【逢はむとぞ思ふ】
 「水がまたひとつに合う」のと「別れた男女が再会する」の2つの
 意味を掛けています。「きっと逢いたいと思っている」という意味
 です。

■□■ 作者 ■□■

  崇徳院(すとくいん。1119〜1164)
 鳥羽天皇の第一皇子で、1123年に5歳で天皇の位を譲り受けまし
 た。18年の在位の後に近衛天皇に譲位し、鳥羽上皇(本院)に対
 し新院と呼ばれました。鳥羽上皇の死後、後白河天皇との間で、
 後の天皇にどちらの皇子を立てるかで対立。戦となります(保元
 の乱)が破れ、讃岐(現在の香川県)に流され、45歳で没しまし
 た。在位中に藤原顕輔に『詞花和歌集』を編纂させています。
  
■□■ 鑑賞 ■□■

  この歌は、崇徳院が1150年に藤原俊成(しゅんぜい。定家の父)
 に命じて編纂させた「久安百首」に載せられた一首です。
  山の中を激しく流れる川の水が、岩に当たって堰き止められ、
 岩の両側から2つに分かれて流れ落ち、再びひとつにまとまる。
 その様子を離ればなれになった恋人への想いに重ねて詠う激しい
 一首です。
 「障害を乗り越えても必ず逢おう」という気持ちが込められてお
 り、激しく燃えさかる情熱と、強烈な決意のようなものが感じら
 れます。
             ◆◇◆
  もちろんこの歌は恋の歌です。しかし歌の作者・崇徳院は、18
 年間位についたものの、当時の鳥羽上皇に強引に譲位させられま
 す。さらに息子・重仁親王を天皇にと願ったものの、やはり上皇
 の考えで後白河天皇に位を奪われます。そして上皇の死後、後白
 河天皇と、どちらの皇子を天皇にするかで争って破れたのが「保
 元の乱」でした。
  後世には、崇徳院の不遇な生涯とこの歌を結びつけ、強引に譲
 位させられた無念の想いが込められている、と解釈する研究者も
 います。それほど激しい想いを感じさせる歌でもあります。
  崇徳院は乱に破れて讃岐国松山(現在の香川県坂出市)に流さ
 れた後、後白河天皇を呪い、ヒゲや爪を伸び放題に伸ばして恐ろ
 しい姿になりました。調べに訪れた朝廷の使いは「生きながら天
 狗と化した」と報告し、また今昔物語では西行が讃岐を訪れた際
 に怨霊となって現れます。
             ◆◇◆
  さほどの激しい人が詠んだ歌で、「瀬」や「岩」といった強烈
 な語句も見えます。しかし、戦乱の世を知らない我々は、離れば
 なれになった恋人との再会を誓う歌として詠むのがロマンチック
 でしょう。拉致問題で北朝鮮から帰還した人々も、一時は今生の
 別れを覚悟したかもしれません。しかし、生きてさえいれば、ま
 た喜ばしい再会がめぐってくることもあるでしょう。
  この一首は、そういう希望を詠んだ歌ではないでしょうか。
  崇徳上皇が流された讃岐の地は、現在の香川県坂出市。瀬戸内海
 を望む海辺の街で、本州と四国を結ぶ、瀬戸大橋の基点です。
  坂出市の崇徳上皇ゆかりの史跡には、流された上皇が暮らした
 「雲井御所」(林田町)や、遺体が葬られた白峯山などがあります。
  最近は、コシがあって柔らかく、しかも100円ほどで食べられる
 「讃岐うどん」がブームのようです。古の別離に想いをはせなが
 ら、グルメ旅行に訪れられるのも一興でしょう。
             ◆◇◆
  当メールマガジンは、おかげさまで本号で100号を迎え、百人
 一首すべてを紹介し終えました。ここで一応終刊号とさせていた
 だきます。
  最後までご愛読いただいた約1100人の読者の皆様、ありがとう
 ございました。崇徳院のように怨霊にはならないでしょうが、
 一抹の寂しさはございます。しかし、分かれてまたひとつに合す
 る滝川のように、またいつの機会かお目にかかることを期待し、
 皆様が健やかに日々を過ごされることを希求しております。

 

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