ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2003年1月20日配信】[No.097]
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 【今回の歌】

  高砂の 尾(を)の上(へ)の桜 咲きにけり
   外山(とやま)の霞(かすみ) たたずもあらなむ

          権中納言匡房(73番) 『後拾遺集』春・120

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  急に寒くなってきたこの頃ですが、暦の上では大寒(だいかん)。
 旧暦の二十四節季のひとつで、1年で一番寒い時期を表します。
  関西では、大阪は海沿いで比較的暖かいものの、盆地の底にあ
 る京都は冷え込みが厳しいことで有名。
  朝早く、かじかんだ手にふうっと息をはきかけながら、掃除を
 するおかあさんや、マフラーに埋もれるようにして学校へ通う子
 供たち。足踏みをして寒さをまぎらわせながらバス停でバスを待
 つコート姿の会社員など、冬の風景があちこちで見られます。
  
  けれど今の時期は寒さは一番ですが、案外晴れの日が多いもの。
 冷気と一緒に、きりっとした朝の日の光を浴びて、すがすがしい
 気分になれるのも今の時期ならではでしょう。
  寒いからって閉じこもってばかりいないで、外に出て冬の気分
 を味わうのも一興です。
  さて今回は、空気が澄んだ早朝、遠くにはっきり見える山の美
 しさを詠んだ一首でしょうか。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
 遠くにある高い山の、頂にある桜も美しく咲いたことだ。人里近
 くにある山の霞よ、どうか立たずにいてほしい。美しい桜がかす
 んでしまわないように。
 
■□■ ことば ■□■

 【高砂(たかさご)の】
 「高砂」は、高く積もった砂だということから「高い山」の意味
 です。播磨国(現在の兵庫県南西部)にある高砂とは違います。
 【尾(を)の上(へ)の桜】
 「尾の上」は「峰(を)の上」ということで「峰の上」、つまり
 「山頂」「いただき」を意味しています。
 【咲きにけり】
 「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形で、「けり」は感動の助動
 詞です。「咲いているなあ!」という詩的な感動を表します。
 【外山(とやま)の霞(かすみ)】
 「外山(とやま)」は人里近い低い山のことです。「深山(みや
 ま)」などに対する言葉です。「霞(かすみ)」は立春の頃にた
 つ霧のこと。春にたつのを「霞」、秋にたつのを「霧」と呼びま
 す。
 【たたずもあらなむ】
 「なむ」は願望の終助詞で、「立たないでいてくれ」という願い
 を詠っています。遠くの高山の桜があまり美しいためです。

■□■ 作者 ■□■

  権中納言匡房(ごんちゅうなごんまさふさ。1041〜1111)
 本名・大江匡房(おおえまさふさ)で、大江匡衡(まさひら)と
 赤染衛門夫婦のひ孫です。平安時代を代表する学識者で、幼い頃
 から神童の呼び声高く、菅原道真と比較されました。16歳で文章
 生となり、後三条天皇らに仕え権中納言まで出世しました。和歌
 や漢詩の他、「狐媚記」「傀儡子記」「本朝神仙伝」などの奇書
 も多数残しています。

■□■ 鑑賞 ■□■

  後拾遺集の詞書によると、この歌は、内大臣・藤原師通の家で
 宴があった時に、「遙かに山桜を望む」という題を与えられて詠
 んだ歌だということです。
  作者の大江匡房は、学者一族として有名な大江家に生まれた平
 安時代を代表する博識な人です。しかし、この一首は技巧をあま
 りこらさず、シンプルに「遙か遠くの美しい桜を眺める」幸福を
 詠んでいます。
             ◆◇◆
  遠い高山の山頂に桜が咲いている。あんなに美しいんだから、
 里山から春の霞がたたないでほしいものだ。
  高砂(たかさご)とは、砂が高く積もることで、高山を意味し
 ます。遠くの高山と近くにある低い里山(外山)を比べているの
 はテクニックですが、内容はいたっておおらか。
  宴たけなわで、春の陽気にお酒でも入っていたんじゃないか、
 なんて想像したくなるほど、のびやかで格調の高い歌です。
  水墨画をイメージさせるような風景の広がりがある歌でもあり
 ます。作者は漢詩も非常に得意にしていたそうですので、素養が
 こうした一首に結びついたのかもしれません。
             ◆◇◆
  作者・匡房は、学者らしい生真面目な面もあったようで、女房
 たちに「芸などおできになりますまい。琴でも弾いてみなさい」
 とからかわれ、
  逢坂の 関の彼方も まだ見ねば 
   東(あづま)のことは 知られざりけり
 (まだ逢坂の関から東へ行ったこともないのに、東の琴の弾き方
  など知っているわけがないでしょう)
  と機転をきかせて答えた逸話が残されています。
  確かにそう見ると、艶っぽい技巧とは無縁の歌とも思えますが、
 春風の暖かみが感じられるような、素直な歌でもあります。
             ◆◇◆
  大江匡房は16歳で文章生に選ばれた後、京都・宇治市の平等院
 建立にあたって、時の関白藤原頼通が「寺院の門が北向きだが、
 古今に例はあるのだろうか」と問われ、すらすらと答えたとのエ
 ピソードがあります。
  平等院は、1056年に建立され、国宝・鳳凰堂に平安時代最盛期
 の趣が残る世界遺産です。JR奈良線の宇治駅で下車してすぐです
 ので、一度訪れてみてください。付近には源氏物語ミュージアム
 や、日本最古の神社・宇治上神社などもあり、見どころ豊富です。

 

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