ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2001年6月20日配信】[No.028] 
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 【今回の歌】

   心にも あらでうき世に ながらへば
    恋しかるべき 夜半の月かな

          三条院(68番) 『後拾遺集』雑1・860

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  人間誰しも、時には「こんな世の中生きていたくない!」なんて
 思うときがあるかもしれません。凶悪犯罪のはびこる昨今、暗い気
 分にさせられますが、昔の政治の世界も複雑だったようで、中でも
 すべての権力を手に入れ、栄耀栄華を誇った藤原道長に圧迫された
 三条院の気持ちはいかばかりだったでしょうか。
  今回は、ちょっと色合いの変わった悲しみの歌をご紹介します。
  

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  心ならずも、このはかない現世で生きながらえていたならば、
 きっと恋しく思い出されるに違いない、この夜更けの月が。
 
■□■ ことば ■□■
 【心にもあらで】
  「心ならずも」とか「自分の本意ではなく」などという意味で
 す。「に」は断定の助動詞「なり」の連体形、「で」は打消の接
 続助詞です。「心にも あらでうき世に ながらへば」とあるの
 で、本心では早くこの世を去りたいと思っていることを表してい
 ます。
 【うき世】
 「浮世」、「現世」のことで、「つらいこの世の中で」というよ
 うな意味になっています。
 【ながらへば】
 「生き長らえているならば」という仮定の意味を表しています。
 下二段動詞「ながらふ」の未然形に接続助詞「ば」が付き、「こ
 れから長く生きているとすれば」という未来のことを想像する内
 容になっています。
 【恋しかるべき】
 「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、「夜半の月」にか
 かります。
 【夜半(よは)の月かな】
 「夜半(よは)」は夜中や夜更けのことで、「かな」は詠嘆の終
 助詞です。全体では「この夜更けの月のことがなあ」という意味
 になります。
 
■□■ 作者 ■□■
  三条院(さんじょういん。976〜1017年)
 冷泉(れいぜい)天皇の第2皇子・居貞(いやさだ)親王のこと。
 986年に皇太子となり、25年も天皇の位を待ち、1011年に即位しま
 したが、病弱で在位6年で次の天皇に位を譲り、翌年に死去しま
 した。短い在位でしたが、その間に2回も内裏が火事になり、しか
 も藤原道長が前の天皇の一条院と自分の娘・彰子(しょうし)との
 間にできた皇子を即位させようと、退位をせまったため、その生涯
 は苦難の連続でした。
 
■□■ 鑑賞 ■□■

  本当は死んでしまいたいくらいだけど、心ならずも生きながらえ
 てしまったなら、今夜宮中から眺めているこの夜ふけの月が、きっ
 とさぞかし懐かしく思い出されてくることだろうなあ。
             ◆◇◆
  生きていることの辛さを歌う一首ですが、この歌にはちょっと複
 雑な背景があります。作者紹介にもありますように、三条院は後に
 「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと
 思えば」と歌うほど絶大な権力を誇った藤原道長に、目を患ったこ
 とを理由に退位を迫られていました。
  といっても本当の理由は病気ではなく、先帝一条天皇と自分の娘
 との間にできた子供を次の天皇に即位させ、道長が摂政として政治
 権力を一手に握りたかったからです。
  そこで、疲れ果てた三条院はついに退位を決意します。その時に
 詠まれたのが、この歌なのです。権力闘争で疲れ果てた三条院には
 月の明かりはどのように映ったのでしょうか。
 この歌が収録されている「後拾遺集」の詞書には、「例ならずおは
 しまして、位など去らむとおぼしめしける頃、月の明かりけるを御
 覧じて」とあります。「例ならず」は病気で、という意味ですので
 「病気で退位を決意された時、明るく輝く月を見て」ということに
 なるでしょうか。まさに劇的な瞬間に詠まれた歌といえるでしょう。
             ◆◇◆
  百人一首の選者、藤原定家はどうしてこのような歌を選んだのか
 はわかりません。しかし定家が仕え、「新古今集」の編纂を命じた
 後鳥羽上皇は、鎌倉幕府打倒を企てて失敗し(承久の乱)、隠岐に
 流され、その地で没しました。定家の心には、政争に敗れて悲運の
 死を遂げた後鳥羽上皇と三条院が、重なって感じられたのかもしれ
 ません。
  後鳥羽上皇が流された隠岐は、島根県沖に浮かぶ島々で、米子か
 らJR境港駅で下車、境港からフェリーで島まで渡ります。
  後鳥羽上皇の亡骸が祀られている「後鳥羽上皇御火葬塚」は、海
 士港から車で10分の距離にあり、近くの隠岐神社などとともに観光
 名所になっています。隠岐にはリゾート施設も数多くありますので
 史跡をめぐる傍ら、マリンスポーツなども楽しまれてはいかがでし
 ょうか。

 

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