ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2001年4月30日配信】[No.023]
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 【今回の歌】

   君がため 惜しからざりし 命さへ
    ながくもがなと 思ひけるかな

        藤原義孝(50番) 『後拾遺集』恋二・669

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  ゴールデンウィーク、皆さんは家族とどこかへ出かけられるで
 しょうか。中には恋人と海外へ行くとか、遠距離恋愛の相手に会
 いに行く、なんてうらやましい人もいることでしょう。
  想い人との逢瀬は本当に幸せなもの。今回の歌は、前回に続い
 て、熱愛した人とはじめて想いを遂げた後の歌です。
 
■□■ 現代語訳 ■□■
  
  あなたのためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命でさ
 え、逢瀬を遂げた今となっては、(あなたと逢うために)できる
 だけ長くありたいと思うようになりました。
 
■□■ ことば ■□■
 【君がため】
  「あなたのため」という意味ですが、ここでは「あなたと逢う
 ために」、という気持ちを表しています。
 【惜しからざりし】
  捨てても「惜しいとは思わなかった」の意味です。「ざりし」
 の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で。「思わなかった」と
 過去の自分を思い描いています。
 【命さへ】
 「さへ」は「までも」の意味で、添加の副助詞。「命までも」と
 いう意味になります。
 【長くもがな】
 「長くあってほしい」という意味で、「もがな」は願望の終助詞
 です。かつては恋のためなら命を捨ててもいいと思っていたこの
 身だけれども、願いがかなった今はできるだけ命長らえ、あなた
 と長く逢いつづけていたい、という意味を含んでいます。
 【思ひけるかな】
 逢瀬を遂げた時から変わってきた気持ちに、今はじめて気が付い
 たということを意味しています。

■□■ 作者 ■□■
  藤原義孝(ふじわらのよしたか。954〜974)
  謙徳公伊尹(けんとくこうこれただ)の三男で、18歳で正五位
 下・右少将になりました。「末の世にもさるべき人や出でおはし
 ましがたからむ(今後もこのような人は現れないだろう)」と言
 われるほどの美男で人柄も良かったのですが、痘瘡(天然痘)に
 かかってわずか21歳の若さで死去しました。

■□■ 鑑賞 ■□■

  前回の歌同様、激しい恋の情を表現した歌です。詞書には「女
 のもとより帰りてつかはしける」とあります。恋しい女性のもと
 に逢瀬に出かけて一夜を過ごし、帰った後に一首したためて贈っ
 た歌で、こうした歌のことを「後朝(きぬぎぬ)の歌」といいま
 す。
             ◆◇◆
  激しく恋した女性に想いが通じ、はじめて一夜を過ごした後。
 逢瀬がかなうまでは、この恋のためなら命を捨ててもいい、と思
 っていたけれど、一度相通ずればよりいっそう想いがつのり、今
 度はこの女性を愛するためになるべく長く生きていたいと願う。
  恋の願いが叶った後に、自分の心境が大きく変わり、生きるこ
 とへの喜びが生まれたことに気が付く歌です。若い作者らしい初
 々しさも感じられますね。
  ただ、この歌の作者が類まれな美貌と人柄を持ちながら21歳の
 若さで夭折したことを考えると、はかない運命の哀しさも感じら
 てしまいます。撰者の定家は、もしかしたらこうした経緯も考え
 あわせてこの歌を選んだのかもしれません。
             ◆◇◆
  この歌とよく似た発想で作られた類想歌に紀友則の

  命やは 何ぞは露の あだものを
     逢ふにしかへば 惜しからなくに

  という歌があります。「命がなんだ。命など露のようにはかな
 いもので、逢瀬できることと交換できるなら、惜しくなんかない」
  という意味の歌ですが、この紀友則の歌には
 
  音羽山 けさ越え来れば ほととぎす
     梢遥かに 今ぞ鳴くなる

  というものがあります。音羽山は現在の京都市山科区にある山
 で、清水寺の背後にあり、音羽の滝で知られています。訪れる時
 には、JR東海道線大津駅から京津線に乗り換え、大谷駅で下車。
 そこから東海自然歩道に沿って歩けば、1時間半ほどで山頂に到
 着します。山頂からは大津市や琵琶湖、京都市街を見渡せますの
 で軽いハイキングのつもりで出かけられると良いでしょう。

 

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