【今回の歌】

源重之(48番)『詞花集』恋上・211

風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふころかな

2月も下旬となり、芽吹きの春はもうすぐそこです。でも、まだ寒い日々が続くようですね。

さて女性陣。バレンタインの愛の告白は上手くいきましたか?今、恋人と一緒ならもう言うこともなしですが、玉砕してしまったあなた、つれない相手の態度に「岩みたい」なんて思ってるんじゃないでしょうか。今回紹介する歌は、男が玉砕する歌ですが、砕ける姿を限りなく鮮烈に描いた一首です。


●現代語訳

風が激しくて、岩に打ち当たる波が(岩はびくともしないのに)自分だけ砕け散るように、(相手は平気なのに)私だけが心も砕けんばかりに物事を思い悩んでいるこの頃だなあ。


●ことば

【風をいたみ】
「いたし」は「はなはだしい」という意味の形容詞です。「…(を)+形容詞の語幹+み」で「…が~なので」というように原因・理由を表す語法となり、ここでは「風が激しいので」という意味になります。

【岩うつ波の】
「岩に打ち当たる波の」という意味で、ここまでが序詞です。

【おのれのみ】
「のみ」は限定の副助詞で、「自分だけ」という意味です。

【砕けて】
「くだけ」は下二段活用の自動詞「くだく」の連用形で、微動だにしない岩にぶつかって砕ける波と、振り向いてくれない女性に対して思いを砕く自分、という意味を重ねています。

【ものを思ふころかな】
「物事を思い悩んでいるこの頃だなあ」という意味になります。


●作者

源重之(みなもとのしげゆき。生年不祥~1003年頃)

清和天皇の曾孫(ひまご)で三十六歌仙の独りです。冷泉天皇の時代に活躍し、天皇の東宮時代に帯刀先生(たちはきのせんじょう)、即位後は右近将監から相模権守(さがみのごんのかみ)に出世しました。


●鑑賞

風がとても激しくて、海に顔を出した岩に波がぶち当たって砕けている。岩は何も動じないのに、波は何度も岩に当たり、そして粉々に散っていく。ちょうど、振り向いてくれない彼女に想いを寄せて心砕ける私のようだなあ。

波と岩に託しておのれの激情を語る鮮烈なイメージの一首です。普通砕けてしまうのは、女性の心と思いがちですが、ここで千々に思い悩むのは男性の方でした。実は「砕けてものを思ふころかな」は、平安時代の歌によく使われる恋の悩みの表現です。ある種ありきたり、とも言えるのですが、そこに序詞で嵐の海の情景を詠み込んだことで、陳腐な恋の言葉が劇的な名歌に姿を変えてしまいました。この辺りが、名手と言われる詠み手の凄さでしょうか。さかまく波に寄せて激しい情念を歌い込んだ印象の強い一首。ぜひあなたもその情景を心に思い描いてみてください。

この男性的な歌の作者、源重之は国司として筑前や肥後など地方を廻り、最後に陸奥(今の東北地方)で没した人です。さて肥後国といえば、現在の熊本県。熊本といえば阿蘇山などの壮大な自然が魅力の観光地ですが、県庁所在地の熊本市には、加藤清正が茶臼山に築いた名城、熊本城がそびえています。熊本城といえば、板塀の黒としっくい壁の白のコントラストが非常に美しい名勝。訪れる場合は、JR熊本駅より市電に乗り、熊本城前にて下車します。付近には水前寺公園や熊本博物館など、古都らしい観光スポットも多数。阿蘇山へ修学旅行へ行った人も、もう一度訪れてみてはいかがでしょうか。