ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2000年10月20日配信】[No.004]
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 【今回の歌】

   八重葎(やへむぐら) しげれる宿の さびしきに
     人こそ見えね 秋は来にけり

 恵慶法師(47番) 『拾遺集』秋・140

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  今回は、これまでと趣を変え、秋の寂しさを語る歌をご紹介し
 ます。荒涼とした風景に感じる秋。百人一首にはこんな哀感のあ
 る歌も含まれています。

■□■ 現代語訳 ■□■
  つる草が何重にも重なって生い茂っている荒れ寂れた家。訪れ
 る人は誰もいないが、それでも秋はやってくるのだなあ。

■□■ ことば ■□■
  【八重葎(やえむぐら)】
  「葎(むぐら)」は、つる状の雑草の総称。「八重」は幾重に
 も重なることで、つる草が重なってはびこっている状態。「八重
 葎」は、家などが荒れ果てた姿を表すときに、象徴的に使われる
 言葉です。
【しげれる宿】
「宿」は和歌独特の言い回しで、家のことです。草ぼうぼうの
 荒れ果てた家のことを表しています。
  【人こそ見えね】
  「ね」は、打ち消しの助動詞「ず」の已然形。「こそ〜ね」で
 逆接の文章を作ります。「人は見あたらないけれども」の意味。
  【秋は来にけり】
「秋は来にけり」の「けり」は、今気づいた、という感動を示
 しています
■□■ 作者 ■□■
  恵慶法師(えぎょうほうし。生没年不祥、10世紀頃の人)。
  播磨国(兵庫県)の講師(こうじ=国の僧侶らの監督)だった
  らしい。清原元輔、大仲臣能宣、平兼盛らの一流歌人と親交を
  結んでいた。
■□■ 鑑賞 ■□■
  詞書には「河原院にて、荒れたる宿に秋来るといふ心を、人々
 詠み侍りけるに」とあります。このように、歌人たちが集まって
 同じ題で詠み合った歌を「題詠歌」といいます。
  つる草がぼうぼうに生い茂るさびれた家。そこには誰も訪れる
 人はいない。それでも季節だけは移り変わっていくのだなあ、と
 いう内容の歌です。
  定家たちが編んだ「古今集」によって、はじめて「秋は寂寞の
 季節」というイメージが作られました。秋は紅葉を愛でる楽しい
 だけの季節ではないという、繊細な感覚ですね。そんな情趣を、
 如実に表したのがこの歌だといえるでしょう。
             ◆◇◆
  河原院は、京の東六条に源融(みなもとのとおる・9世紀の歌
 人で百人一首にも歌がある)が作った豪邸。奥羽の塩釜を模した
 大庭園で有名でした。しかし、恵慶の時代には荒れ果て、融の曾
 孫にあたる安法法師が住んで、廃園を好む歌人たちがよく訪れて
 いたそうです。
             ◆◇◆
  河原院のあった場所は、京都の北東、鴨川のほとりの五条大橋
 の近辺でした。今は遺跡として、大橋のたもとに標識が立ってい
 ます。すでに恵慶の時代に、廃園として滅びの美学の象徴として
 あった河原院。千年以上の時を経た私たちの時代からは、その痕
 跡を見るだけですが、歌を詠んだ恵慶、さらに幽玄の心からこの
 歌を選んだ定家の心持ちが、かすかに伝わってくるような気が、
 しないでしょうか。

 

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