ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2002年5月30日配信】[No.062]
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 【今回の歌】

  由良の門(と)を 渡る舟人(ふなびと) かぢをたえ 
   ゆくへも知らぬ 恋(こひ)の道かな

           曽禰好忠(46番) 『新古今集』恋・1071

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  もうすぐサッカーのワールドカップ開催です。
  興味がないという人も、日本戦のチケットを入手して大喜びし
 ている人もおられるでしょう。考えてみれば、6月は祝日もなく
 夏休みも冬休みもなく、梅雨までスタートしてしまうというあま
 りぱっとしない月です。そんな月に、世界最大のスポーツイベン
 トが開催される、というのは歓迎できることかもしれません。
 
  ただし、6月は女性にとってはジューンブライドの月。6月の
 花嫁は幸せになるといいますので、最もロマンチックな月なので
 しょうか。サッカーのゴールより恋のゴールよ、なんて人もいら
 っしゃるかもしれません。
  でも中には、先行きの分からない恋に翻弄されて悩んでいる、
 なんていう人もいるかも。今回は先行きの分からない恋の歌です。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
 由良川の河口の流れが速い瀬戸を漕ぎ渡る船頭が、櫂をなくして
 行く先も分からずに漂っていく。そんなようにこれからどうなる
 のか行く末が分からない私の恋の道行きだ。
 
■□■ ことば ■□■

 【由良の門(と)】
 由良は丹後国(現在の京都府宮津市)を流れる由良川の河口です。
 「門(と)」は、海峡や瀬戸、水流の寄せ引く口の意味で、河口
 で川と海が出会う潮目で、潮の流れが激しい場所です。
 【舟人】
 船頭さんのことです。
 【かぢをたえ】
 「かぢ」は、櫓(ろ)や櫂(かい)のように舟を操る道具のこと
 で、船の方向を変える現在の「舵(かじ)」とは異なります。
 「たえ」は下二段活用動詞「絶ゆ」の連用形で、「なくなる」と
 いう意味です。ここまでが序詞になります。
 【行くへも知らぬ】
 上の句の流される舟の情景と、下の恋の道に迷う部分との両方に
 意味がまたがる言葉です。「行く末が分からない」という意味に
 なります。
 【恋の道かな】
 「道」は、これからの恋のなりゆきを意味します。「門(と)」
 や「渡る」「舟人」「かぢ」「行くへ」「道」はすべて縁語です。

■□■ 作者 ■□■

  曽禰好忠(そねのよしただ。生没年不詳、10世紀後半の人)
  花山天皇時代の歌人で、丹後掾(たんごのじょう)だったため、
 「曽丹(そたん)」とか「曽丹後(そたんご)」と呼ばれていま
 した。斬新な歌で知られ、歌の才能を高く評価されていましたが、
 性格が偏屈で奇行が多く、社会的には不遇でした。

■□■ 鑑賞 ■□■

  由良川が海と接する河口の海峡。潮の流れが複雑で流れも速い。
 舟に慣れた船頭でさえ、つい流れに櫂を取られてなくしてしまい、
 急流の中の木の葉のように翻弄されてどうしようもできなくなっ
 てしまう。私の恋もそれと同じだ。これからどうなるのか行く末
 もわからぬ恋の道よ。
             ◆◇◆
  さて、私の恋もどうなることやら。頬杖をついて溜息を吐いて
 いる作者の姿が見えるようですね。
  由良川は京都府の北部、宮津市を通って日本海に流れ込む川で
 すが、河口部分はちょうど川の水と海の水が混じって流れが速い
 上に、波が乱れて渦などもできています。熟練した船頭さんでも
 つい川船の櫂を流されてしまい、急流に翻弄されてどうすればい
 いのかと途方にくれたりもするようです。
  今回の歌は、その情景を「序詞」として語り、私の恋もそれと
 同じで、これからどうなるか分からない。途方にくれてしまって
 いる、と歌っています。
             ◆◇◆
  恋の行方はともかく、説明されてみると内容は非常に分かりや
 すい歌ですし、実感を得やすい歌でもあります。ただし、縁語を
 多用したり序詞を使ったりと、こてこてに厚塗りしすぎるほどの
 技巧をこらしている点にも注目してみましょう。
  こうした修飾的に技巧をこらした作風は、「新古今集」の特徴
 を如実に表すもので、素朴な感情とは言えないかもしれませんが、
 非常に知的だとも言えます。そうした点が撰者藤原定家の好むと
 ころだったのでしょう。
             ◆◇◆
  この歌の作者はどうも偏屈な性格だったようです。たとえば、
 寛和元(985)年の円融院(えんゆういん)の御幸の歌会に招か
 れなかったため、粗末な格好で乗り込み、「才能は決してそこい
 らの方々に比べ劣っていない。自分のような名歌人が招かれぬは
 ずがない」と言ってまわり、襟首をつかまれて追い出された、と
 いうエピソードがあるくらいです。
  世間では物笑いの種で出世もしなかったようですが、奇矯なと
 ころはあるとはいえ、歌の実力は確かでした。
             ◆◇◆
  さて、この歌の舞台の「由良の門」の場所には、実は2つの説
 があります。ひとつは前に述べた宮津市の由良川で、こちらが現
 在ではほぼ定説化しています。もうひとつは紀伊国(現在の和歌
 山県日高郡由良町)にある由良の御崎(みさき)で、新古今集の
 時代には有名な歌枕でした。
  京都府の宮津市にある由良川は、宮津線丹後由良駅で下車する
 と見ることが出来ます。宮津市はこのメルマガでも紹介した天橋
 立で有名です。古都ですので神社なども多く、楽しめる観光都市
 です。
  和歌山県の由良はJR紀勢本線・紀伊由良駅で下車します。白い
 岬が印象的な海辺の街で、白崎海岸県立自然公園があり、鍾乳洞
 探検やスキューバダイビングなどが楽しめます。

 

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