ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2002年1月20日配信】[No.049]
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 【今回の歌】

  契りきな かたみに袖をしぼりつつ
   末(すゑ)の松山 波越さじとは

          清原元輔(42番) 『後拾遺集』恋四・770

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  「女心と秋の空」なんて言います。もう冬なのでこういうたと
 えを持ち出すのはシーズン遅れかもしれませんが、すぐにがらっ
 と心持ち変わりやすいものの代表格としてよく取り上げられます。
 
  実際、いつまでもじめじめと失った恋のことを思い続けるのは
 本当は男だ、なんて言いますよね。
  百人一首には、つれない男を待ち続ける女性の涙を描いた歌が
 多いのですが、こちらは珍しく「男が想いを抱き続ける」歌です。

■□■ 現代語訳 ■□■
  
  約束したのにね、お互いに泣いて涙に濡れた着物の袖を絞りな
 がら。末の松山を波が越すことなんてあり得ないように、決して
 心変わりはしないと。
 
■□■ ことば ■□■

 【契りきな】
 「契り」は4段活用動詞「契る」の連用形で、主に「(恋の)約
 束をする」という意味。「き」は過去の助動詞「き」の終止形、
 「な」は感動を表す終助詞で、「約束したものでしたよね」と過
 去を感動的に回想しています。
 【かたみに】
 副詞で「お互いに」という意味です。
 【袖をしぼりつつ】
 「袖をしぼる」というのは「泣き濡れる」という意味で、涙を拭
 いた袖がしぼらねばならないほどぐっしょり濡れた、という意味
 合いです。大げさに思えますが、平安時代の歌によく使われる表
 現です。「つつ」は繰り返しを表す接続詞です。
 【末の松山】
 現在の宮城県多賀城市周辺です。
 【波越さじとは】
 「じ」は打消しの推量・意志を表す助動詞で、「かたみ〜とは」
 までが「契りきな」に続く倒置法になっています。
 末の松山はどんな大きな波でも越せないことから、永遠を表す表
 現、「2人の間に心変わりがなく永遠に愛し続ける」ことを表し
 ています。

■□■ 作者 ■□■

  清原元輔(きよはらのもとすけ。908〜990)
  清原深養父(きよはらのふかやぶ)の孫で清少納言の父にあた
 ります。平安中期に活躍した大歌人「梨壺(なしつぼ)の五人」の
 一人として有名で、五人で「万葉集」を現在のような20巻本の形に
 整えた訓点打ちの作業や、村上天皇の命による「後撰集」の編纂を
 行っています。ちなみに「梨壺」とは、宮中の梨壺に和歌所が置か
 れていたことからの命名で、清原元輔・紀時文・大中臣能宣・源順
 ・坂上望城を指しています。
  
■□■ 鑑賞 ■□■

  あの頃、あなたと約束しましたよね。お互いに袖がぐっしょり濡
 れて、しぼらねばならないほど涙を流して。あなたと私の愛情は、
 永遠に不滅だと、あの波が絶対に越えられないという「末の松山」
 のように、2人の心が永遠に変わらぬものだと。
             ◆◇◆
 「後拾遺集」から採られた歌で、詞書に「心変はりてはべりける女
 に、人に代はりて」とあります。
  つまり、永遠の愛を誓ったというのに、女性の方が心変わりをし
 てしまった。落胆して、しかも女性を想う心は変わらない。そうい
 う執着心を描いた一首です。
  「男はつらいよ」じゃないですが、男性とは因果なもの。女性が
 男につれなくされて振られて悲しむと、哀しいものに映るのですが、
 女性が心変わりしてしまうと、「いつまでもくよくよしてるんじゃ
 ないよ、しゃきっとしろ」なんて言われて、なんとなく間抜けに見
 えるので始末に負えませんね。
  男性でも女性でも、いつまでも思い悩んだりしたり、思い込みが
 強烈過ぎると、ストーカーになっちゃったりします。それではお互
 いが不幸になります。
 「最高の女性だった。もう出会えない」なんて思わずに。案外男も
 も女も世の中にはたくさん余っていて、いつかしら最高ではないか
 もしれませんが、最適な連れ添いに出会えるものなのでしょう。
 「恋を忘れる一番良い方法は、新しい恋をすることだ」と言います。
 ほら、そこで悩んでないで、新しい恋を探しに出かけましょう。
             ◆◇◆
  この歌の作者、清原元輔は、相当頭の回転の速い、ウイットに富
 んだ面白い人だったようです。平兼盛が、歌合のたびに正装をして
 長時間考え悩み、苦吟しているのを見て「予は口に任せて之を詠」
 すなわち「そんな深刻に考えないで、思いついたまま詠んでいけば
 いいじゃないか」と言ったというエピソードがあります。
  さらに今昔物語では、都の大通りで落馬して冠を落とした時に、
 「あれは仕方なかったんだ。不可抗力だ」と言って周囲で見ていた
 人々に説いて回ったそうです。
  いやはや、面白いというか、しょうがないというか。
             ◆◇◆
  この歌に出てくる「末の松山」というのは、宮城県多賀城市八幡
 に史跡が残されています。JR仙石線多賀城駅から徒歩で10分くらい
 のところです。末松山寶國寺の正面の本堂の後ろに見える小さな丘
 で、2本の松が植えられています。
  昔はそこの近くまで海だったそうです。
 「末の松山波越さじ」という言葉は、今で言うなら「地球が壊れて
 も」といったところでしょうか。シェイクスピアの戯曲「マクベス」
 で森の3人の魔女にマクベスが「私の王位はいつまで続く」と聞い
 た時に、「森が動いたら」と答えるシーンがあります。
  さて、森は動いたのでしょうか。興味がおありなら、ひとつ読ん
 でみてください。

 

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