【今回の歌】

清原元輔(42番)『後拾遺集』恋四・770

契りきなかたみに袖をしぼりつつ (すゑ)の松山波越さじとは

「女心と秋の空」なんて言います。もう冬なのでこういうたとえを持ち出すのはシーズン遅れかもしれませんが、すぐにがらっと心持ち変わりやすいものの代表格としてよく取り上げられます。

実際、いつまでもじめじめと失った恋のことを思い続けるのは本当は男だ、なんて言いますよね。百人一首には、つれない男を待ち続ける女性の涙を描いた歌が多いのですが、こちらは珍しく「男が想いを抱き続ける」歌です。


●現代語訳

約束したのにね、お互いに泣いて涙に濡れた着物の袖を絞りながら。末の松山を波が越すことなんてあり得ないように、決して心変わりはしないと。


●ことば

【契りきな】
「契り」は4段活用動詞「契る」の連用形で、主に「(恋の)約束をする」という意味。「き」は過去の助動詞「き」の終止形、「な」は感動を表す終助詞で、「約束したものでしたよね」と過去を感動的に回想しています。

【かたみに】
副詞で「お互いに」という意味です。

【袖をしぼりつつ】
「袖をしぼる」というのは「泣き濡れる」という意味で、涙を拭いた袖がしぼらねばならないほどぐっしょり濡れた、という意味合いです。大げさに思えますが、平安時代の歌によく使われる表現です。「つつ」は繰り返しを表す接続詞です。

【末の松山】
現在の宮城県多賀城市周辺です。

【波越さじとは】
「じ」は打消しの推量・意志を表す助動詞で、「かたみ~とは」までが「契りきな」に続く倒置法になっています。末の松山はどんな大きな波でも越せないことから、永遠を表す表現、「2人の間に心変わりがなく永遠に愛し続ける」ことを表しています。


●作者

清原元輔(きよはらのもとすけ。908~990)

清原深養父(きよはらのふかやぶ)の孫で清少納言の父にあたります。平安中期に活躍した大歌人「梨壺(なしつぼ)の五人」の一人として有名で、五人で「万葉集」を現在のような20巻本の形に整えた訓点打ちの作業や、村上天皇の命による「後撰集」の編纂を行っています。ちなみに「梨壺」とは、宮中の梨壺に和歌所が置かれていたことからの命名で、清原元輔・紀時文・大中臣能宣・源順・坂上望城を指しています。


●鑑賞

あの頃、あなたと約束しましたよね。お互いに袖がぐっしょり濡れて、しぼらねばならないほど涙を流して。あなたと私の愛情は、永遠に不滅だと、あの波が絶対に越えられないという「末の松山」のように、2人の心が永遠に変わらぬものだと。

「後拾遺集」から採られた歌で、詞書に「心変はりてはべりける女に、人に代はりて」とあります。つまり、永遠の愛を誓ったというのに、女性の方が心変わりをしてしまった。落胆して、しかも女性を想う心は変わらない。そういう執着心を描いた一首です。「男はつらいよ」じゃないですが、男性とは因果なもの。女性が男につれなくされて振られて悲しむと、哀しいものに映るのですが、女性が心変わりしてしまうと、「いつまでもくよくよしてるんじゃないよ、しゃきっとしろ」なんて言われて、なんとなく間抜けに見えるので始末に負えませんね。男性でも女性でも、いつまでも思い悩んだりしたり、思い込みが強烈過ぎると、ストーカーになっちゃったりします。それではお互いが不幸になります。「最高の女性だった。もう出会えない」なんて思わずに。案外男もも女も世の中にはたくさん余っていて、いつかしら最高ではないかもしれませんが、最適な連れ添いに出会えるものなのでしょう。「恋を忘れる一番良い方法は、新しい恋をすることだ」と言います。ほら、そこで悩んでないで、新しい恋を探しに出かけましょう。

この歌の作者、清原元輔は、相当頭の回転の速い、ウイットに富んだ面白い人だったようです。平兼盛が、歌合のたびに正装をして長時間考え悩み、苦吟しているのを見て「予は口に任せて之を詠」すなわち「そんな深刻に考えないで、思いついたまま詠んでいけばいいじゃないか」と言ったというエピソードがあります。さらに今昔物語では、都の大通りで落馬して冠を落とした時に、「あれは仕方なかったんだ。不可抗力だ」と言って周囲で見ていた人々に説いて回ったそうです。いやはや、面白いというか、しょうがないというか。

この歌に出てくる「末の松山」というのは、宮城県多賀城市八幡に史跡が残されています。JR仙石線多賀城駅から徒歩で10分くらいのところです。末松山寶國寺の正面の本堂の後ろに見える小さな丘で、2本の松が植えられています。昔はそこの近くまで海だったそうです。「末の松山波越さじ」という言葉は、今で言うなら「地球が壊れても」といったところでしょうか。シェイクスピアの戯曲「マクベス」で森の3人の魔女にマクベスが「私の王位はいつまで続く」と聞いた時に、「森が動いたら」と答えるシーンがあります。さて、森は動いたのでしょうか。興味がおありなら、ひとつ読んでみてください。