【今回の歌】

文屋朝康(37番)『後撰集』秋・308

白露(しらつゆ)風の吹きしく秋の野は つらぬき留めぬ玉ぞ散りける

あさってから9月。秋が始まります。夏の暑い日射しも和らぎ、徐々に涼しくなってきました。山から秋の赤とんぼが里へ下りてくる頃ですね。田舎では稲刈りや、ぶどう、桃、栗などといった秋のたわわな収穫の時期がもうすぐ。新学期がはじまった学校では、運動会や文化祭の準備に忙しくなります。秋は感傷の季節でもあり、思い出をはぐくむ時季でもありますが、それはきっと仕事や祭り、イベントなど、長く記憶に残りそうな出来事がたくさん用意されているからでしょう。

もうひとつ、秋のはじめの9月1日は「二百十日(にひゃくとおか)」。立春から数えてちょうど210日目に当たり、激しい風が吹く日が多いことでよく知られ、収穫を控えた農家にとっては注意日でした。今回は、そんな激しい風を美しく描いた歌をご紹介しましょう。


●現代語訳

草の葉の上に乗って光っている露の玉に、風がしきりに吹きつける秋の野原は、まるで紐に通して留めていない真珠が、散り乱れて吹き飛んでいるようだったよ。


●ことば

【白露(しらつゆ)に】
「白露」は、草の葉の上に乗って光っている露、水滴のことです。「白(しら)」は、清らかさを強調する語で、「清祥とした露」というようなイメージです。

【風の吹きしく】
「しく」は「頻く」と書き、「しきりに~する」という意味です。全体で「風がしきりに吹いている」という意味になります。

【秋の野は】
「は」は強調の係助詞で、「ここだけ」「この季節だけ」というように、この歌に詠まれているような情景が秋だけのものであると強調する役目があります。

【つらぬき留(と)めぬ】
「ひもを通して結びつけていない」という意味になります。数珠のように、穴を空けたたくさんの玉を糸で通して結んでいるようなものをイメージすると分かりやすいでしょう。「留めぬ」の「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形です。

【玉ぞ散りける】
「玉」は真珠という説が強いです。平安時代はいくつもの真珠に穴を開けて緒に通して、アクセサリーとして大切にしました。風に吹き散らされて翔ぶ草の露を、真珠のネックレスの緒がほどけて飛び散った様子に「見立て」ています。「けり」は感動を表す助動詞で、短歌ではおなじみですね。


●作者

文屋朝康(ふんやのあさやす。生没年未詳、9~10世紀)

百人一首の22番に歌がある文屋康秀(ふんやのやすひで)の息子です。駿河掾(するがのじょう)、大舎人大允(おおとねりのだいじょう)などの役職に就きました。あまり高い官職ではありませんでしたが、歌の才能は広く認められており、多くの歌会に参加したようです。


●鑑賞

雨が降って、野原一面に茂る薄(すすき)や茅(かや)の葉や茎に、露がついてきらきら光っている。そこに秋の台風(野分)の激しい風が吹き込んで、露が吹き飛ばされて飛んでいく。美しい景色。まるでネックレスがほどけて、真珠が飛び散っていくようだ。なんと秋らしい情景なんだろう。

今回の歌は、激しい風に吹き飛ぶ水滴を、ほどけた真珠が散るさまに見立てた非常に美しい歌です。藤原定家もこの歌を気に入っていたということで、日本の秋の情緒をきれいに描いた素直な歌だといえるでしょう。

平安時代には、真珠の玉に穴を開けて緒(お=ひも)を通して輪にし、アクセサリーとして身につけることが好まれていました。しかも、この歌に出てくるように「露」を「玉」と見立てて、「緒で貫く」という表現は、平安時代にはよく使われるパターンです。この歌では、露を「ばらけてしまった真珠」として見たことが新しく、また綺麗だといえます。よく、「美は乱調にあり」とか「和服の美女のおくれ毛が色気を感じさせる」などと言ったりします。きっちり整わずに乱れたものの方に、美しさや艶っぽさを感じるのが人間の不思議な感覚でもありますよね。ここでは、繋ぎ留めずに「散りこぼれ、飛ばされる真珠」としたところに作者の美的な感性が見られます。

さて、9月1日といえば「二百十日(にひゃくとおか)」ですね。二百十日は激しい風、台風が来やすい日として有名です。また、「二百十日」は文豪・夏目漱石の中編小説のタイトルでもあります。この小説は2人の若い男、豆腐屋の圭さんと碌さんが、調子よく語らいながら熊本県の阿蘇山を登り、二百十日の激しい風にひどい目に遭いながら、頂上に登っていくという話です。阿蘇山は熊本県にある、世界最大のカルデラ(陥没地)をもつ山です。煙を上げている中央火口丘をはじめ、三好達治の詩で有名で野生の馬が遊ぶ「草千里」、またあちこちに温泉が湧くなど一級の観光地です。中央火口のある中岳にはロープウェイで登ることができ、また阿蘇五山を眺めるなら、南外輪山にある俵山展望台がお勧めです。修学旅行で行ったきりだという人、水前寺公園や熊本城のある熊本市と併せてもう一度ゆっくり訪れてみられてはいかがでしょうか。