ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2002年7月30日配信】[No.068] 
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 【今回の歌】

  夏の夜は まだ宵(よひ)ながら 明けぬるを
   雲のいづこに 月宿(やど)るらむ

           清原深養父(36番) 『古今集』夏・166

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  毎日暑い日が続きます。読者の皆さんはいかがお過ごしですか?
  公園の木陰ではセミの声がやかましく響き、真っ黒に焼けてシ
 ャツ1枚に半ズボンの小学生たちが半透明のバッグを振りながら、
 水泳をしに学校へ通っていきます。
  こうした情景を見ていると、つくづく夏だなあ、という気にな
 りますよね。

  夏といえば、学校は休みですから、学生の頃は夜に家族や友人
 らと花火をしたり天体観測をしたりしたものでした。
  中には望遠鏡を家から持ってきて惑星や、星雲星団を見ている
 子もいたような。
  夏の夜は黒々としていますが、とても短いもの。5時前にはう
 っすらと東の空も明るくなって、小鳥のさえずりが聞こえてきま
 す。そんな夏の早朝も爽やかで大好きですけれど。
  今回は、あっという間に明けてしまう、夏の夜の歌です。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
  夏の夜は(とても短いので)まだ宵の時分だなあと思っていた
 ら、もう明けてしまった。月も(西の山かげに隠れる暇もなくて)
 いったい雲のどこのあたりに宿をとっているのだろうか。
 
■□■ ことば ■□■

 【夏の夜は】
  助詞「は」は、他と区別する意味があるので「夏の夜というも
 のは」というような区別した意味になります。
 【まだ宵(よひ)ながら】
 「宵(よひ)」は日没からしばらくの間で、夏なら午後7時から
 9時くらいの間です。「ながら」は「〜のままの状態で」という
 意味で、「まだ宵のままでいるうちに」というような意味になり
 ます。
 【明けぬるを】
  「明けたのだが」という意味で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」
 の連体形です。接続助詞「を」は順接となり、「〜ので」という
 意味で次の句につながります。
 【雲のいづこに】
  「いづこ」は、「どこに?」という意味になります。
 【月宿(やど)るらむ】
  助動詞「らむ」は、現在の状態の推量で、「今は見えないが今
 ごろ〜しているだろう」と思っている意味になります。月は、十
 六夜(いざよい)の月より後のもので、夜が明けても沈まず空に
 残っています。そこで、「どの雲に隠れているのか」という推量
 を、月を人間になぞらえる擬人法で「どの雲に宿をとっているの
 だ」と表現しています。

■□■ 作者 ■□■

  清原深養父(きよはらのふかやぶ。生没年未詳、10世紀前後)
  百人一首の42番に歌がある清原元輔(もとすけ)の祖父で、同
 じく62番に歌があり「枕草子」の作者でもある清少納言の曽祖父
 にあたります。豊前介房則の子と言われますが、いろいろな説が
 あります。あまり昇進しなかった人で、官位は従五位下でした。
 晩年は洛北に補陀落寺を建て、そこに住んだと言われています。
  紀貫之や中納言兼輔と親交がありました。
  
■□■ 鑑賞 ■□■

  夏の夜は本当に短いものだ。まだ夜になったばかりの宵口だと
 思っていたら、もう明けてしまった。
  これだけ明けるのが早いと、月もとうてい西の山までたどりつ
 いて休むことはできないだろう。
  今、空のどのへんにいるのやら。雲のどこかに宿をとって、ぐ
 っすり休んでいるんだろうか?
             ◆◇◆
  ここのところ恋の歌が続きましたので、こういう情景を歌った
 さっぱりした歌だと、キツネにつままれたように感じるかもしれ
 ません。
  たった今、夜になったかと思ったらもう明けてしまった。なん
 と夏の夜の短いことだろう、という内容を、月が雲にお宿をとっ
 たと擬人法を使って描いた歌です。
  冷静に考えてみると、作者は夜になってから明けるまでずっと
 月を眺めていたのだろうか、なんて思うかもしれません。なんと
 まあ暢気なことでしょうか。
             ◆◇◆
  現実には夏の夜は明けるのが早いから月が西に沈む間もない、
 なんてことはありません。しかし夏の夜、中天に雲に隠れては現
 れる月をイメージしてみると、いかにも夏らしいさっぱりとした
 趣のある歌だと思えるでしょう。
  作者、清原深養父は、こうした技巧的でアイディアに富んでい
 ながら、自然な趣のある歌を作る人だったようです。古今集に18
 首の歌が採用されている歌人で、琴の名手でもあったようです。
             ◆◇◆
  清原深養父は、晩年京都・大原のあたりに補陀落寺を建てて住
 んだということです。
  大原はデューク・エイセスの「京都 大原三千院 恋に疲れた
 女がひとり」という情緒のある歌「女ひとり」で有名です。
  大原は京都駅の北東、左京区にあり、千年も前から天台宗の修
 行の地として賑わっていました。趣のある寺院が多く、夏の観光
 にはもってこいです。
  代表的な史跡や観光スポットとしては、次のような場所があり
 ます。
 (1)三千院 788年に最澄が開いた天台宗3門跡のひとつです。
  寺院は杉木立の中にあり、庭園の美しさで有名です。大原バス
  停から徒歩15分。
 (2)勝林院 1023年に開かれた、仏教の合唱「声明」の道場で
  す。院内にあるボタンを押せば、声明の録音を聞くことができ
  ます。
 (3)宝泉院 勝林院の坊のひとつで、書院の廊下の天井が「血
  天井」として有名です。慶長5年、鳥居元忠らが豊臣軍に攻め
  られ伏見城が落城したときの、廊下板を天井に使っています。
 (4)実光院 やはり勝林院の坊で、植物園のような美しい庭園
  が見所です。声明に使われる楽器がたくさん展示されています。
 (5)来迎院 良忍上人が平安時代に開いた声明道場で、重要文
  化財の薬師・釈迦・弥陀の三如来坐像が見所です。付近の自然
  も満喫できます。

 

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