【2001年4月10日配信】[No.021]
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【今回の歌】
ひさかたの 光のどけき 春の日に
静心(しづごころ)なく 花の散るらむ
紀友則(33番) 『古今集』春下・84
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今年は4月に入ったというのに雪が降ったりして寒かったです
ね。寒波のせいか、今年の桜は1週間ほど開花が早かったようで
す。もう花見には行かれましたか?
さすがにこの頃は、春らしい暖かい風が吹くようになってきま
した。桜も終わりのようで、風に吹かれて花びらが舞い散ってい
ます。そんな光景を描いた一首をご紹介しましょう。
■□■ 現代語訳 ■□■
こんなに日の光がのどかに射している春の日に、なぜ桜の花は
落ち着かなげに散っているのだろうか。
■□■ ことば ■□■
【ひさかたの】
日・月・空などにかかる枕詞です。ここでは「(日の)光」にか
かっています。
【光のどけき】
「日の光が穏やか」という意味です。「のどけし」には、のんび
りとしているな、などというほどの意味もあります。
【静心なく】
「静心(しづごころ)」は「落ち着いた心」という意味です。
「落ち着いた心がなく」という意味で、散る桜の花を人間のよう
に見立てる擬人法を使っています。
【花の】
花はもちろん桜のことです。
【散るらむ】
「らむ」は目に見えるところでの推量の助動詞で、「どうして〜
だろう」という意味です。どうして、心静めずに桜は散っている
のだろうか、というような意味になります。
■□■ 作者 ■□■
紀友則(きのとものり。?〜905)
「土佐日記」の作者で百人一首にも歌がある紀貫之(きのつら
ゆき)のいとこ。宮内権少輔有友(ごんのしょうありとも)の息
子。40歳くらいまで無官だったが、その後土佐掾、大内記に昇進
しました。古今集の選者で、三十六歌仙の一人。
■□■ 鑑賞 ■□■
柔らかな春の日差しの中を、桜の花びらが散っていく。こんな
にのどかな春の一日なのに、花びらはどうしてこんなにあわただ
しく散っていくのか、静める心はないのか、という歌です。とて
も日本的で美しい光景。そんな桜の美しさが匂うような歌といえ
るでしょう。
情景が目に浮かぶ、非常に視覚的で華やかな歌でありながら、
同時に散り行く桜の哀愁もどことなく感じられます。
紀友則は古今集の撰者でしたが、この歌は、古今集の中でも特
に名歌とされていました。
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さて、今年は早い桜のシーズンですが、京都の桜の名所といえ
ば、左京区にある「哲学の道」でしょうか。約2kmの道沿いに、
ずっとソメイヨシノの並木が続いています。
散歩がてらの花見としゃれこんで、恋人や奥さん・ご主人と一
緒に出かけてみるのもいいかも。京都駅から市営バスに乗り、銀
閣寺道バス停で降りればすぐです。
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