【今回の歌】

春道列樹(32番)『古今集』秋下・303

山川(やまがわ)風のかけたるしがらみは 流れもあへ(え)紅葉なりけり

今回も、前回に引き続き紅葉の秋を詠んだ歌をご紹介します。この歌の舞台は、京都と大津の途中にある山道です。


●現代語訳

山の中の川に、風が掛けた流れ止めの柵(しがらみ)がある。それは、流れきれないでいる紅葉の集まりだったよ。


●ことば

【山川(やまがわ)】
山の中にある川、谷川のこと。「やまがわ」という読みが重要  で、「やまかわ」と読むと「山と川」という意味になります。

【しがらみ】
「柵」と書いて「しがらみ」と読みます。川の流れを堰き止めるために、川の中に杭を打って竹を横に張ったものです。ここでは「風がしがらみを掛けた」とあるので、風を人のように扱う擬人法を使っています。

【流れもあへぬ】
流れようとしても流れきれない、という意味。「あへぬ」は、「あふ」の打消し形で「~しきれない」の意味です。

【紅葉なりけり】
「紅葉なりけり」の「けり」は、今気づいた、という感動を示す。またこの歌は、紅葉を柵(しがらみ)に「見立て」ています。


●作者

春道列樹(はるみちのつらき。生年不祥~920年)

主税頭(ちからのかみ)新名宿禰(にいなのすくね)の子。文章生(大学寮で文章を学ぶ学生。今でいうと大学院の研究者程度か)、壱岐守着任前に没)。


●鑑賞

風が吹いて、美しい山中の川にところどころ紅葉がかたまっているところがある。まるで風が作った堰止め用の柵(しがらみ)のようだなあ。川に広がる紅葉の鮮明な色が目に浮かんでくるような、非常に美しい、ビジュアルな歌です。しかも、「風のかけたるしがらみは」と、風を人になぞらえる擬人法を使った歌でもあります。擬人法は、当時最新のテクニックとしてもてはやされました。博学な文章生として、文学の研究を続けた春道らしい華麗な歌といえるでしょう。

「古今集」には、詞書として「志賀の山越えにて詠める」とあります。「志賀」というのは、今の滋賀県。京都東山の銀閣寺の北から、瓜生山を北に見て、比叡山と如意ヶ嶽を抜け、近江国の大津(今の大津市)へ達する山道があり、その道を「志賀越道」と言いました。志賀寺(崇福寺=すうふくじ)へお参りする参道です。春道は、その山中で美しい紅葉のしがらみを見つけたのでしょう。定家もこの歌を気に入っていたらしく、本歌取りして
「木の葉もて 風のかけたるしがらみに さてもよどまぬ 秋の暮れかな」
という歌を残しています。

現在は、崇福寺跡はその大礎石を見るに止めています。春道の通ったコースをたどるには、白川の流れをさかのぼり、京都と滋賀の県境の尾根を越えて、志賀峠に到達します。そこから東へ向かえば琵琶湖、北に進路をとれば延暦寺のある比叡山へ続く、比叡山ドライブウェイが通っています。歩くと相当な距離になりますので、現在では車でたどるのが、もっとも良いでしょう。美しい紅葉のこの時期、百人一首の旅としゃれながら、奥比叡まで足を伸ばすのもいいかもしれません。