【今回の歌】

菅家(24番)『古今集』羈旅・420

このたびは幣も取りあへず手向(たむけ) 紅葉(もみぢ)の錦神のまにまに

ちょっと秋らしくなったかな、と思ったらまた暑さが復活してきました。本来なら今じぶんの早朝は、硬くて清冽な空気が窓ガラスを通して部屋の中に侵入し、心地よい目覚めを体験させてくれるはずです。しかし今年の10月は夏日が10日もあり、記録を更新する勢い。

「秋晴れ」というにはちょっと暑すぎますよね。紅葉もそろそろ山腹から里山へと降りてきました。紅葉狩りには絶好の季節の到来。あなたはどこへ出かけますか?今回は、学問の神様が詠んだ秋の紅葉の歌をお届けします。


●現代語訳

今度の旅は急のことで、道祖神に捧げる幣(ぬさ)も用意することができませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ御心のままにお受け取りください。


●ことば

【このたびは】
「たび」は「旅」と「度」の掛詞で、「今度の旅は」という意味になります。

【幣も取りあへず】
「幣(ぬさ)」は色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げました。「取りあへず」は「用意するひまがなく」という意味になります。

【手向(たむけ)山】
山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良)へと行くときに越す山の峠を指し、さらに「神に幣を捧げる」という意味の「手向(たむ)け」が掛けてあります。

【神のまにまに】
「神の御心のままに」というような意味になります。


●作者

菅家(かんけ。845~903)

菅家は尊称で、学問の神様・菅原道真(すがわらみちざね)のことです。学者の家に生まれ、35歳の若さで最高の権威・文章博士(もんじょうはかせ)となり、54歳の899(昌泰2)年には右大臣にまで出世します。しかし謀ごとにより九州・太宰府に流され、59歳で没しました。現在は学問の神様として太宰府天満宮に祀られています。


●鑑賞

今回の歌は、学問の神様・菅原道真公のものです。日本史上指折りの学者でしたので、尊敬をこめて「菅家」とか「菅公」と呼ばれます。

この歌は、道真の才能を買って右大臣にまで取り立てた宇多上皇(朱雀院)の宮滝御幸の時に詠まれた歌です。宮滝は現在の奈良県吉野郡吉野町。この御幸はとても盛大なものだったようで、道真ら歌人も多数お供しました。その時に詠まれたのでした。

歌はちょっとわかりにくいところもありますが、旅の途中、道ばたの道祖神(今のお地蔵さんのようなものです)にお参りする時に捧げるきれいな紙切れや布切れの代わりに、美しく色づいた紅葉を神に捧げましょう、という歌です。「急な旅立ちで持ってこられなかったけれど、紅葉を幣に見立てましょう」というわけです。吉野の山の絢爛豪華な紅葉がイメージできるような美しい歌ですね。

実はこの歌に出てくる「手向山」というのがどこだったのか、はっきりとはわかっていません。しかし御幸の旅程からすると、大和と山城の境のあたりだったようです。御幸の行き先である奈良県吉野郡吉野町の「宮滝」は、近鉄吉野線・大和上市駅からバスに乗り、宮滝川を遡った宮滝バス停で下車すると到着します。遺跡などもある観光名所として知られていますので、紅葉見物に行かれてはいかがでしょうか。