ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

『ちょっと差がつく百人一首講座』バックナンバー一覧へ

【2002年10月20日配信】[No.079]
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 【今回の歌】

  このたびは 幣も取りあへず 手向(たむけ)山
   紅葉(もみぢ)の錦 神のまにまに 

             菅家(24番) 『古今集』羈旅・420

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 
  ちょっと秋らしくなったかな、と思ったらまた暑さが復活して
 きました。本来なら今じぶんの早朝は、硬くて清冽な空気が窓ガ
 ラスを通して部屋の中に侵入し、心地よい目覚めを体験させてく
 れるはずです。
  しかし今年の10月は夏日が10日もあり、記録を更新する勢い。
  
  「秋晴れ」というにはちょっと暑すぎますよね。
  紅葉もそろそろ山腹から里山へと降りてきました。紅葉狩りに
 は絶好の季節の到来。あなたはどこへ出かけますか?
  今回は、学問の神様が詠んだ秋の紅葉の歌をお届けします。
  
■□■ 現代語訳 ■□■
  
  今度の旅は急のことで、道祖神に捧げる幣(ぬさ)も用意する
 ことができませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ
 御心のままにお受け取りください。
 
■□■ ことば ■□■

 【このたびは】
 「たび」は「旅」と「度」の掛詞で、「今度の旅は」という意味
 になります。
 【幣も取りあへず】
 「幣(ぬさ)」は色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。
 旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げました。
 「取りあへず」は「用意するひまがなく」という意味になります。
 【手向(たむけ)山】
 山城国(現在の京都府)から大和国(現在の奈良)へと行くときに
 越す山の峠を指し、さらに「神に幣を捧げる」という意味の「手向
 (たむ)け」が掛けてあります。
 【神のまにまに】
 「神の御心のままに」というような意味になります。

■□■ 作者 ■□■

  菅家(かんけ。845〜903)
 菅家は尊称で、学問の神様・菅原道真(すがわらみちざね)のこと
 です。学者の家に生まれ、35歳の若さで最高の権威・文章博士(もん
 じょうはかせ)となり、54歳の899(昌泰2)年には右大臣にまで出
 世します。しかし謀ごとにより九州・太宰府に流され、59歳で没し
 ました。現在は学問の神様として太宰府天満宮に祀られています。
  
■□■ 鑑賞 ■□■

  今回の歌は、学問の神様・菅原道真公のものです。日本史上指折
 りの学者でしたので、尊敬をこめて「菅家」とか「菅公」と呼ばれ
 ます。
             ◆◇◆
  この歌は、道真の才能を買って右大臣にまで取り立てた宇多上皇
 (朱雀院)の宮滝御幸の時に詠まれた歌です。宮滝は現在の奈良県
 吉野郡吉野町。この御幸はとても盛大なものだったようで、道真ら
 歌人も多数お供しました。その時に詠まれたのでした。
             ◆◇◆
  歌はちょっとわかりにくいところもありますが、旅の途中、道ば
 たの道祖神(今のお地蔵さんのようなものです)にお参りする時に
 捧げるきれいな紙切れや布切れの代わりに、美しく色づいた紅葉を
 神に捧げましょう、という歌です。
 「急な旅立ちで持ってこられなかったけれど、紅葉を幣に見立てま
 しょう」というわけです。
  吉野の山の絢爛豪華な紅葉がイメージできるような美しい歌です
 ね。
             ◆◇◆
  実はこの歌に出てくる「手向山」というのがどこだったのか、は
 っきりとはわかっていません。しかし御幸の旅程からすると、大和
 と山城の境のあたりだったようです。
  御幸の行き先である奈良県吉野郡吉野町の「宮滝」は、近鉄吉野
 線・大和上市駅からバスに乗り、宮滝川を遡った宮滝バス停で下車
 すると到着します。遺跡などもある観光名所として知られています
 ので、紅葉見物に行かれてはいかがでしょうか。

 

『ちょっと差がつく百人一首講座』バックナンバー一覧へ


せんべい,煎餅,おかき,あられ,おせんべい【長岡京小倉山荘】
京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】TOPへ