【今回の歌】

元良親王(20番)『後選集』恋・961

わびぬれば今はた同じ難波(なには)なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ

12月を迎えました。朝早く起きると、冷気が肌に染み、お湯を沸かす手がかじかんでしまいそうです。両手を口の前に持っていって、ほうっと息を吐くと、白い蒸気がふっと広がります。台所でもこの寒さなのですから、外はどれほど寒いでしょうか。こんな朝でも、新聞受けに朝刊はちゃんと入っています。新聞配達にパン屋さん、厳寒の中でも働いている人は多いようです。

早朝といえば、朝の連続テレビ小説で沢口靖子が主演した「澪つくし」がありました。船の目印となる澪漂(みおつくし)と、「身を尽くす」を掛けた言葉ですが、元になったのはおそらく今回の一首でしょう。


●現代語訳

これほど思い悩んでしまったのだから、今はどうなっても同じことだ。難波の海に差してある澪漂ではないが、この身を滅ぼしてもあなたに逢いたいと思う。


●ことば

【わびぬれば】
「わび」は動詞「わぶ」の連用形で「想いわずらい悩む」という意味です。行き詰まった気持ちを表しています。

【今はた同じ】
「はた」は「また」という意味の副詞で、「今となっては同じことだ」という意味になります。

【難波なる】
「なり」は存在を表す助動詞で、「難波にある」という意味です。「難波」は現在の大阪府。

【みをつくしても】
「澪漂(みおつくし)」と「身を尽くす」の掛詞です。澪漂は海に建てられた船用の標識で、大阪市の市章と同じ形。「身を尽くし」は「身を滅ぼす」という意味です。

【逢はむとぞ思ふ】
「む」は意思の助動詞で、「思ふ」は係助詞「ぞ」の係り結びで連体形になります。


●作者

元良親王(もとよししんのう。890~943)

陽成天皇の第一皇子で風流好色として知られ、大和物語にも登場します。今昔物語には、「いみじき好色にてありければ、世にある女の美麗なりと聞こゆるは、会ひたるにも未だ会はざるにも、常に文を遣るを以て業としける」と書かれるほどでした。京極御息所(きょうごくのみやすんどころ)、すなわち宇多法皇の女御藤原褒子(ほうし)との熱愛が広く噂になりました。


●鑑賞

この歌は、作者元良親王が時の宇多天皇の愛妃、京極御息所との不倫が発覚したときに詠んだ歌です。「後撰集」の詞書には「事いできて後に、京極御息所につかはしける」と書かれています。   

そもそも、元良親王は風流な人でしたが、同時に大和物語に書かれるほどの色好み、女好きでもありました。一方、京極御息所は天下に知られた美女。志賀寺上人という、生涯女性と付き合わなかった90歳の名僧さえ恋狂いにさせてしまったほどの人です。この2人が恋に落ち、宇多法王の目を避けて逢瀬を重ねるのですが、ついに露見し、元良親王は謹慎させられてしまいます。

この歌は、その直後の状況を詠んでいます。(事が露見して)もうどうしていいか分からない。今となっては同じ事だ。この身を滅ぼしても逢いに行こうと思っているよ。とはなはだ情熱的なラブレターです。受け取った京極御息所はどう感じたでしょうか。ただし、元良親王は名前が残っているだけで生涯で30人以上との恋愛歌を詠んでいます。さすがにこれだけの情熱があると、京極御息所だけでは足りなかったのかもしれません。

さて、難波といえば大阪ですが、元良親王の歌碑はなんと名神高速道路の吹田サービスエリアの中にあるそうです。サービスエリアのオープン記念に揮毫されたものです。難波の歴史が知りたいなら、大阪市内のNHK大阪放送局に隣接する「大阪歴史博物館」へ。地下鉄谷町線「谷町四丁目」駅9番出口を出てすぐにあります。古代の難波宮の時代からの大阪の歴史を最新のビジュアル設備で観ることができますよ。