ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

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【2000年11月30日配信】[No.007]
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 【今回の歌】

   陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰(たれ)ゆゑに
     乱れそめにし われならなくに

 河原左大臣(14番) 『古今集』恋四・724

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  和歌は貴族の文化として発展しましたので、その中心は都のあ
 る京都周辺。百人一首に取り上げられた歌の舞台も多くが近畿圏
 です。そこで今回は、都から遠く離れた陸奥(今の東北地方の東
 半分)を取り上げた歌を紹介します。

■□■ 現代語訳 ■□■
  陸奥で織られる「しのぶもじずり」の摺り衣の模様のように、
 乱れる私の心。いったい誰のせいでしょう。私のせいではないの
 に(あなたのせいですよ)。

■□■ ことば ■□■
  【陸奥(みちのく)】
  現在の東北地方の太平洋側にあたる東半分を指します。
  【しのぶもぢずり】
  「もぢずり」とは、現在の福島県信夫地方で作られていた、乱
 れ模様の摺り衣(すりごろも)のこと。摺り衣は忍草(しのぶぐ
 さ)の汁を、模様のある石の上にかぶせた布に擦りつけて染める
 方法で「しのぶずり」などとも言われます。この「しのぶ」は、
 産地の信夫とも、忍草のことだとも言われます。
  ここまでが序詞で、後の「乱れそめにし」にかかります。
  【誰ゆゑに】
  誰のせいでそうなったのか、という意味です。
  【乱れそめにし】
  乱れはじめてしまった、という意味。「そめ」は「初め」の意
  味とともに、「染め」にも引っかけられています。
   「乱れ」と「染め」は「もぢずり」の縁語です。
  【われならなくに】
  「私のせいではないのに」という意味で、暗に「あなたのせい
  よ」という意を秘めています。
  
■□■ 作者 ■□■
  河原左大臣(かわらのさだいじん。822〜895)。
  嵯峨(さが)天皇の皇子、源融(みなもとのとおる)のことで
  成長して後、臣籍(しんせき=家臣となること)に下って源氏
  の姓を受け、左大臣従一位となりました。後に荒れさびて歌の
  舞台となる京都・賀茂川の河原院を邸宅としていた人物です。
■□■ 鑑賞 ■□■
  心に秘めた片思い。「忍ぶ恋」を詠んだ歌で、この歌が作られ
 た平安時代の恋の歌の、流行のテーマでした。恋してもかなうは
 ずのない高貴な人や他人の妻への慕情に心を乱す男のことを歌っ
 た歌です。
             ◆◇◆
  この歌は「忍ぶ恋」をテーマにした中でも代表的な歌であった
 らしく、在原業平の作と言われる恋物語「伊勢物語」の最初の段
 にも引用されています。元服直後の若い男が、奈良の春日で偶然
 若く美しい姉妹と出会い、着ていたしのぶもぢずりの狩衣(かり
 ぎぬ)の裾を切って、
  春日野の 若紫の 摺り衣 
    しのぶの乱れ 限り知られず
  という歌を書いて贈ります。それが、この「陸奥の〜」の歌を
 元に作ったものだと語られます。
  百人一首の選者、藤原定家もやはり
  陸奥の 信夫もぢずり 乱れつつ
   色にを恋ひむ思ひそめてき
 という歌を作っており、「しのぶもぢずり」が人気の題材だった
 ことが伺えます。
             ◆◇◆
  この「しのぶもぢずり」を作るのに使った「文知摺石」は、今
 でも福島県信夫郡に残っています。江戸時代には、「奥の細道」
 の旅行では、松尾芭蕉が信夫の里に寄り、この石を見ていったと
 いう記述があります。旅行で訪れるなら、JR福島駅から文知摺行
 きのバスに乗り、下車後文知摺観音まで歩けば、信夫山の東の麓
 に、石の古跡を見ることができるでしょう。

 

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