ちょっと差がつく百人一首講座/京都のおかき・あられ・おせんべい・和菓子処小倉山荘

『ちょっと差がつく百人一首講座』バックナンバー一覧へ

【2001年2月10日配信】[No.015]
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 【今回の歌】

   わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞすむ
     世をうぢ山と 人はいふなり

           喜撰法師(8番) 『古今集』雑下・983

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

  毎日忙しく働いているビジネスマンや、休みがない家庭の主婦
 などなど、世の中不況だというのに日々に追われてなかなか満ち
 足りた気分など味わえないもの。
  いっそ山奥で隠遁生活でも送れたら、なんて思ってるかもしれ
 ませんね。
  そこで今回は、山奥に隠棲したお坊さんが忙しい都の人々をち
 ょっと皮肉に歌った歌を紹介しましょう。
 
■□■ 現代語訳 ■□■
  私の庵は都の東南にあって、このように(平穏に)暮らしてい
 るというのに、世を憂いて逃れ住んでいる宇治(憂し)山だと、
 世の人は言っているようだ。
 
■□■ ことば ■□■
 【わが庵は】
  自分の住む庵(いおり)のことです。
 【たつみ】
  東南の方向。昔は方角を十二支で表しました。東南は辰(たつ)
 と巳(み)の方角の中間にあたるのでこう呼ばれます。
 【しかぞすむ】
  「しか(然)」は、「このように(心静かに)」の意味です。一
 説には、山奥なので「鹿」に掛けたとも言われます。
 【世をうぢ山と】
  「うぢ」は「宇治」(現在の京都府宇治市)と「憂し」の掛詞と
 なっています。「憂し」は、「つらい」とか「情けない」などの意
 味です。
 【人はいふなり】
  「人」は、世間一般の人のこと。「は」には、自分はそう思って
 はいないけど、という意味が込められています。
  
■□■ 作者 ■□■
  喜撰法師(きせんほうし。9世紀後半)
  六歌仙の一人。宇治山の僧という他は経歴不明。ただ、口べただ
 ったようで、古今集の仮名序の中で紀貫之が「宇治山の僧喜撰は、
 言葉かすかにして、初め終りたしかならず。いはば、秋の月を見る
 に、暁の雲にあへるがごとし」と人となりを語っています。
  ちなみに「六歌仙」とは、平安時代初めの和歌の名手たちを6人
 選んだもので、在原業平、僧正遷昭、喜撰法師、大友黒主、文屋康
 秀、小野小町のことを言います。

■□■ 鑑賞 ■□■
  とかく世の中の人というのは、他人が自分と違う暮らしをしてい
 ると「何かあの人は変わっている」とか「何か辛いことでもあった
 んじゃないだろうか」と思いがちなものです。ワイドショーなどを
 見ているとよく分かりますが、芸能人や文化人などにスキャンダル
 を期待する好奇心というのは昔も今も変わらないのかもしれませ
 んね。
             ◆◇◆
  世間の人は、都から離れて宇治山に暮らしている私を評して、
 「あの人は憂し(宇治)、つまり世の中をうとましく思ってここに
 隠棲しているんだよ」と言う。しかし私自身は、平穏無事に心のど
 かに暮らしているんだよ。
  喜撰法師はこのような心持ちを表現したくて、こんな歌を作った
 ようです。「やれやれ、人の噂とはしょうがないものだ」と、苦笑
 している法師の声が聞こえてくるような歌です。
  ここには、ぽかんと明るく飄々とした雰囲気があり、喜撰法師の
 こだわりのない人柄を想像させるものがありますね。
             ◆◇◆
  宇治は宇治茶で有名な京都府宇治市のこと。鎌倉時代に唐から渡
 ってきた茶の種を、明恵というお坊さんが宇治に広め、宇治茶がで
 きたとのことです。
  宇治は、古くから俗世間を離れたリゾートとして開発され、貴族
 の別荘も多く建てられました。「源氏物語」の宇治十帖の舞台とも
 なっており、藤原頼通が建てた平等院鳳凰堂、宇治上神社という、
 2つの世界遺産がここにあります。古跡・名勝を見るだけでも、こ
 こを訪れる意味はあるでしょう。
  宇治山は、宇治市の東部にある「喜撰ヶ岳」という山のこと。
 中腹に喜撰洞という小さい洞窟があり、また西には西国三十三カ所
 の三室戸寺、宇治神社もあります。源氏物語関係の古跡もあるので
 ぜひ一度訪れたい場所です。
  電車で訪れる場合は、京阪電鉄の三室戸駅で下車し、東へ歩いて
 いくと山を望むことができます。

 

『ちょっと差がつく百人一首講座』バックナンバー一覧へ


せんべい,煎餅,おかき,あられ,おせんべい【長岡京小倉山荘】
京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】TOPへ