【平安の物語】亡夫の笛が聞こえる!!あの世から愛の贈り物
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│ ■ 〜まえがき〜 夏だからちょっと不思議な話 │
│ ■ 音に聞こえた美男・美女の恋 │
│ ■ 恋は苦難から成就へ、成就から別離へ │
│ ■ 嘆きの日々に迫る笛の音 │
│ ■ 亡き夫からのメッセージ │
│ ■ 亡き夫の愛──その真実の贈りもの │
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■ 〜まえがき〜 夏だからちょっと不思議な話
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季節は梅雨に入ろうかというこのごろ。
今日も京都ではしとしと静かな雨が降っています。鴨川では、恒例の
「納涼床」もはじまりました。
生ぬるい空気と寝苦しい夜──。
「納涼」と言えばちょっと不思議なお話でひんやりするのもオツなも
の。と言っても、怖いお話ではありません。今回はすこし不思議です
こし切ない、平安の昔ばなしをご紹介します。
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■ 音に聞こえた美男・美女の恋
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むかし大和国に、それはそれは麗しい娘がいました。端正な容姿は隣
国まで噂が届くほどの美貌。それに優しい心根の持ち主でもあったの
で、両親は溺愛し、大切に大切に養育していました。
そしてもう一人。
河内国に、細面で長身の美しい青年がいました。幼いころから京に上
り宮仕えをしていたといいますから、地方出身者としてはカナリの美
貌の主。さらに笛の名手で、気だても良いと才色兼備の好青年でした。
さて、お膳立てはできあがり!!
これほどの美男美女が登場したからには、互いに惹かれ合わないとす
ればドラマがスタートしません。事実、大和国に美貌の乙女ありと聞
いた青年はさっそく恋文を送ったり、笛を吹きながら険しい山道を越
えて娘に会いに行ったりと、熱烈な想いを寄せるようになりました。
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■ 恋は苦難から成就へ、成就から別離へ
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いくら素晴らしい青年とは言え、異常なほど娘を可愛がっている両親
です。おいそれと二人の恋愛を認めるはずもありません。はじめは二
人が顔を会わせることも口を利くことも一切許しませんでした。
しかし、はるばる隣国から山を越えてくるほどの青年の熱意は、やが
て両親の胸に届きました。毎晩のように垣根の向こうから聞こえてく
る青年の笛の音色の優しさに、すっかり心を動かされてしまったのか
もしれません。いやそれ以前に、青年に夢中になっている我が娘の想
いを遂げさせたいという複雑な親心のあわられだったかも知れません。
ともかく二人は晴れて夫婦となることを許され、一つ屋根の下にとも
に暮らしはじめました。美しい新郎と美しい花嫁の新婚生活は、はた
目に見ていてもウットリするほど絵になる光景だったことでしょう。
しかし、出来すぎた美貌の夫婦の幸せは長くつづきませんでした。
「佳人薄命」──やっとの思いで愛を勝ち得た夫は、やがて病にかか
り、結婚三年目にしてあっさりと亡くなってしまったのです。
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■ 嘆きの日々に迫る笛の音
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夫の突然の死に、妻は狂わんばかりに嘆き悲しみました。
評判の女性ですから、その後言い寄ってくる男はいくらでもいました
が、妻はただ亡夫を慕い、毎日毎日泣き暮らしていました。むしろ亡
くなってからのほうが、夫への想いはいよいよ深まったようにすら見
えました。
「もう一度会いたい、せめてもう一度……」
そうして枕を濡らしつづけること三年目の秋──。
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◆ 妻 「あなた……あなた……どうして私を置いて逝ってしまっ
たの?う……ぅぅ……」
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その日も妻は亡き夫への追憶の涙の中にいました。いつもに増して泣
いたあと、ふと、どこからともなく笛の音が──。
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◆ 妻 「う……ぅぅ……。ん?笛の音──!? まあ、なんて素敵
な音色……まるであの人の笛のように優しい音色……」
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笛の音は徐々にこちらへ近づいてきました。やがて戸をへだててすぐ
目の前まで近寄ってきたとき、笛の主が突然こんな言葉を発しました。
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◇ 声 「この戸を開けてくれ、この戸を!!」
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◆ 妻 「え──!?こ、この声は!!」
(あの人に間違いない!昔のように笛を吹きながら私のも
とへ通ってきてくれたんだわ!!──でもでも、そんなは
ずはないわ。あの人はもう死んでしまったのだもの……)
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◇ 声 「はやく!!この戸を開けてくれくれないか?」
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■ 亡き夫からのメッセージ
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懐かしさですぐに戸の外へ飛び出したい気持ちと、怖さで戸を開けら
れない気持ちとが入り混じって、妻はすぐにはどうすることもできま
せんでした。そこで、そっと戸の隙間から外を覗いてみたのです。
すらりとした長身。凛々しく上品な顔だち。
会いたくて会いたくてたまらなかった美しい青年──そこには紛れも
ない亡夫が、生きているときとまったく変わらぬ姿でじっとたたずん
でいたのでした。真っ赤に泣き腫らした目からなお涙を流しつつ、真
っ黒な悲しい瞳をこちらへ向けて……。
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│しでの山こえぬる人のわびしきはこひしき人にあはぬなりけり│
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┌ 死出の山を越え ┐
│ 冥府の旅をつづける私にとって │
│ 孤独な死者の旅などさほど悲しいわけではない │
│ │
│ 私が真実悲しいのは │
│ あなたのような恋しい人があるというのに │
└ もう二度と逢えない、そのことなのだ ┘
夫はひとりごとのように、こんな一首を漏らしました。
夫の姿は一見、生前のままに見えますが、躰のそこかしこから不思議
な煙が立ちのぼっていて、どことなく奇妙な雰囲気をかもし出してい
ます。その異様な有様に、妻は恐ろしさでぶるぶると震え出し、返事
をすることもできませんでした。
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「無理もない。私のことをずっと想い続けてくれるあなたが哀れに思
えて、無理に暇をもらってやってきたのだが、やはりこのまま私は
帰ろう。一日に三度、私は焦熱地獄の責め苦を受けているのだよ」
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そう言い終えると、夫の姿はふっとかき消えてしまったのでした。
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■ 亡き夫の愛──その真実の贈りもの
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亡くなったあともなお慕いつづけ、あれほど再会を望んだ相手だった
にもかかわらず、いざ夫の霊が目の前に現れてみると、妻は再会の喜
びにひたるゆとりもありませんでした。ただ世間一般の「世にも恐ろ
しい幽霊」として、ひたすら恐れただけでした。
幽霊となってまで妻に会いに来た夫は、この瞬間とうとう死後の世界
に生きる人としてはっきりと妻の記憶の中から葬り去られたのです。
この妻の辛い仕打ちを、果たして夫は恨んだでしょうか?
──いや、あの世への帰途、夫はきっとほくそ笑んでいたに違いあり
ません。
想いを断ち切れず、いつまでも不幸のどん底から抜け出せずに苦しん
でいる妻に、恐ろしい幽霊と化した我が身をあえてさらし、「お前が
愛した夫はもうどこにもいないのだよ」と諭すこと。「若いお前には
まだまだ無限大の可能性がある新しい人生を生きてほしい」と伝える
こと。
それは、先立った夫が最愛の人に贈った、切なくて美しい、最後の優
しさでした。
原話『今昔物語集』 脚色 江幡 (75%)
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