京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】今昔物語集 宇治拾遺物語 古今著聞集 古本説話集 〜平安の物語〜

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 【平安の物語】背すじひんやり!消えた亡きがらのゆくえ。

  むかし京の高辻室町に、寝殿造の家に住む姉妹がいました。
  今は亡き父の長門前司(ながとのぜんじ)が残したこの家には、
  奥のほうに姉が住まい、人に会ったり話をしたりするのが好きだった妹は、
  いつも南の庭に面した「妻戸口」を気に入りの居場所にしていました。

  この妹が27歳になったころ、重い病にかかり帰らぬ人となりました。
  病床ですらにぎやかな場所が良いからと、
  慣れ親しんだ妻戸口に床をのべての最期でした。

  野べの送りの当日、姉と親戚たちは亡きがらを柩に入れて車に乗せ、
  鳥部野(京都の火葬地)まで行きましたが、いざ柩を下ろそうとすると、
  おそろしく軽いのに気づきました。そしてふたがすこし開いていました。

  ◆姉「こ、これはどうしたことでありましょう!?」

  姉がふたをあけると、妹の亡きがらは忽然と消えていました。
  周囲も大騒ぎになりました。
  手を尽くして来た道を探しまわりましたが、一向に見つかりません。
  そして皆あきらめて家路につくころ──。

  「もしや!?」と叫んだ姉が家の門をくぐって妻戸口にかけ寄ると、
  そこに妹の遺体が横たわっていました。
  一同真っ青になって顔を見合わせましたが、どうしようもなく、
  亡きがらを柩に収めて翌日ふたたび鳥部野へ行くことになりました。

  ところが次の日、亡きがらはまたも柩の中から消え、妻戸口にありました。
  あたかも自分で柩を飛び出し、そこまで這ってきたような様子でした。
  その冷たく硬直した妹をかかえてふたたび柩へ移そうとすると、
  今度はもう、押しても引いてもビクともしませんでした。

  ◆姉「離れ難いのでしょう。この子はこの場所が好きでしたから……」

  姉はそう言って妻戸口の床を壊し、
  妹の亡きがらを埋めて塚をつくりました。
  家の中にそのような場所があることを気味悪がって、
  いつしか親類も家人も、そして姉も、家を出てゆきました。

  月日が経ち、やがて寝殿造の棟も朽ちて無くなりましたが、
  塚だけは残りました。
  その後数十年、この塚の周囲には気味が悪いことが起こる、との言い伝えで、
  ふしぎと家が建たず、代わりに社(やしろ)が建てられました。

  それから 800年以上が過ぎた平成の世。
  高辻室町の地には、なんと妹が埋められた塚が「班女塚」として今に残り、
  社も「繁盛神社」として祭祀がひき継がれているのです。

                                  脚色  江幡店長  出典『宇治拾遺物語』

 

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