【平安の物語】さらわれた子供の命は?──恩を知る者の話。
むかし九州のある国で、2歳の幼児を連れた女が隣の家の女とともに
浜辺で貝などを探していたときのこと。
波打ち際に一匹の猿が、情けない顔をしてこちらを見ていました。
◇隣の女「おや、この猿は馬鹿だねぇ。大きな貝に手を挟まれて
逃げられなくなったんだよ。
いっそこの猿を撃ち殺して焼いて食べようじゃないか」
◆子連れ「そんな可哀相なことを言うもんじゃない。助けてやろうよ」
子連れの女はそう言って、貝の口をこじ開けて猿を逃がしてやりました。
すると猿は突然、浜で遊んでいた子供のほうに駆けより、
抱きかかえたかと思うと、一目さんに山の方へ山の方へと走ってゆきます。
◆子連れ「なにをするんだい!この恩知らずめ!!」
◇隣の女「ほら、見てごらんな!猿なんかに恩などわかるもんか!」
ふたりの女は猿を追って、山中深くまで踏み入りました。
ぜいぜいあえぎながらしばらく追いかけると、
憎らしいことに、猿は大木に登って枝の上に悠然と腰を下ろしています。
◆子連れ「あぁ、もうだめだ……」
女がそう言ったのも無理はありません。
猿が相手ならまだしも、大空から一羽の鷲が、
猿に抱かれた子供を狙って鋭く舞い降りてきたのです。
すると猿は木の枝をたわめて十分にひきしぼり、
鷲が子供をさらおうとするのに合わせて「ピシャン」と手を離しました。
次の瞬間、ふたりの女のあしもとに一羽の鷲が落ちてきました。
さらに数羽の鷲がつぎづぎと子供をめがけて飛んできましたが、
猿はおなじように枝を上手に使い、合計5羽の鷲を撃ち落としました。
やがて猿は木を降り、根元にそっと子供を置いて再び木の上に戻りました。
◆子連れ「あぁ、これがお前の恩返しだったのだね……」
女は泣きながらわが子を抱きかかえました。
その後5羽の鷲を売り、しばらく裕福に暮らすことができた女は、
この顛末を人に語るとき、決まってこう語り始めたということです。
「猿でさえ恩を知っている。まして人間なら──」
脚色 江幡店長 出典『今昔物語集』
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