【平安の物語】涙涙涙!夫を奪われた本妻のあはれな悲恋歌
┌──────────────────────────┐
│ ■ あこがれの地・平安京を夢見る田舎者 │
│ ■ これぞ風流の神髄!丹波国に蘇る光る源氏の君? │
│ ■ あこがれの京女!都会女性にうつつを抜かす夫 │
│ ■ 或る秋の出来事 │
│ ■ 秋に鳴く鹿が妻を求めるように…… │
└──────────────────────────┘
■ あこがれの地・平安京を夢見る田舎者
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
むか〜し昔。平安時代のころのこと。
丹波国にひとりの男がいました。田舎者ではありますが、なかなか風
流を知る男で、四季折々に花鳥風月を愛で、歌を吟じて暮らしている
ような人でした。
当然、きらびやかな都への憧れも強く、いつも「いつか上京して都暮
らしなどしたいものじゃ〜」などと言って東の空を眺めては、さも幸
せそうに瞳をキラキラさせていました。
■ これぞ風流の神髄!丹波国に蘇る光る源氏の君?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
さてこの男の一番の「風流」と言えば、二人の妻を持ち、同じような
家を二軒並べて建てて、それぞれに妻を住まわせていたことでしょう。
光る源氏の君さながらに、今日はあっち、明日はこっちと、なかなか
男冥利につきる生活……。
いや、もともと妻はひとりだったのです。
最初の妻=「本(もと)の妻」は夫と同じ丹波国の生まれ。繊細でよく
気の利く女性だったので、夫婦生活は順風満帆だったはずでしたが、
都会へ異常な憧憬をもつ夫はその後、都からわざわざ新しい妻=「今
の妻」を迎えたのでした。
■ あこがれの京女!都会女性にうつつを抜かす夫
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
やんわりとした京言葉の響き。艶やかな流行の衣装。洗練された都会
女性のしなやかなしぐさ――。二人目の妻を迎えてからというもの、
夫はすっかり「今の妻」の虜になってしまいました。そして「本の妻」
の家へは全く通わなくなってしまいました。
「本の妻」は悔しいやら悲しいやら、思い出されるのは二人で風流を
競い、笑顔で暮らした新婚生活の頃のことばかり。彼女自身も幼いこ
ろから和歌をたしなんでおり、以前は夫もそんな彼女の繊細さを心か
ら愛おしんでくれていたはずでしたが、その幸せな生活が「今の妻」
の登場によりこうもあっけなく崩れ去ってしまうとは……。
「本の妻」は毎日毎日、隣の「今の妻」の家から漏れる夫と新妻の楽
しげな話し声を耳にするたび、一度は気が狂いそうになるほど怒り、
やがてさめざめと泣くのでした……。
■ 或る秋の出来事
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
都から妻を迎えて最初の秋のこと、夫がいつものように「今の妻」の
家にいると、連なる丹波の山々の奥から鹿の鳴き声がひびいてきた。
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
◆ 夫 (ううむ、なんとも良い音色じゃ。鹿の鳴き声のあの切な
さといったら、これぞ「風流」というものじゃ。そして
目の前には美しい都の女。ワシは幸せじゃ……)
「――時に、今の鳴き声をどうお聞きになったかな?」
───────────────────────────────
◇ 今の妻 「あぁ、鹿ね。煎り物にしても美味しいし、焼き物にして
も美味しいワ!そういえば、せっかくこんな田舎くんだ
りまで来たのに、一度も鹿を食べさせてくれないわね!!」
───────────────────────────────
◆ 夫 「や……それはまた、いずれ」
(くぅぅ、都育ちの女ならばもっとこう、趣のある答え方
というものがあるだろうに!!)
「ちょ、ちょっと向こうへ行って来る」
───────────────────────────────
◇ 今の妻 「え?なぜ?――わかったワ!鹿の声を聞いて田舎の女が
急に恋しくなったのね。どうぞご勝手に〜♪」
───────────────────────────────
男はよほどショックだったのでしょうか、逃げるように「今の妻」の
家を去り、隣の「本の妻」の家へ駆け込むや、こう尋ねました。
───────────────────────────────
◆ 夫 「い、今、鹿の鳴き声を聞いたか?聞いたか?――」
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
■ 秋に鳴く鹿が妻を求めるように……
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
久しぶりの来訪にも驚くことなく、夫の問いかけに「本の妻」は即座
にこの一首を詠んで答えました。
┌───────────────────────────┐
│我もしか鳴きてぞ君にこひられし今こそ声をよそにのみきけ│
└───────────────────────────┘
┌ 秋の鹿が鳴いて妻を求めるように ┐
│ あなたはかつて泣いて私を恋うてくださった │
│ │
│ それも今となっては昔の話 │
│ │
│ 今ではよそで │
└ あなたの楽しげな声を聞いているだけの私です ┘
夫はしばらくぽっかりと口を開けたまま固まってしまいました。
突然の問いかけに詠んだ一首の見事さ。切なさ。和歌を詠めとも気の
利いた答えをしろとも言ったわけではないのに、「本の妻」の口から
あふれるように漏れた一首は、悲しみと気品に満ちた美しい歌でした。
彼はこの瞬間、 2つの事実を悟ったのでした。
風流を求める心に、都会も田舎もないということ──。
鹿の声を聞いて即座に想いを重ねずにはいられないほど、「本の妻」
の悲しみとは深いものだったこと――。
夫はその後「本の妻」だけを妻として、風流を楽しみながらふたり仲
むつまじく暮らしたということです。
原話『今昔物語集』『大和物語』ほか 脚色 江幡 (90%)
|