【平安の物語】もののけも感動!平安時代随一の屋敷。
藤原彰子(しょうし)といえば、かの『源氏物語』を著した紫式部をはじめ、
和泉式部や赤染衛門など、名だたる女流歌人たちが仕えたファーストレディ。
栄華を極めた藤原道長の長女で、一条天皇の中宮(≒皇后)でした。
彰子が父・道長邸──「土御門殿(つちみかどどの)」と呼ばれる
広大な屋敷に住んでいたころのこと。
季節は3月の末の花ざかりで、庭の桜が匂うように咲き乱れていました。
「こぼれてにほう花ざくらかな」
寝殿にいた彰子の耳に、誰かがうるわしい声で、
そんな古い歌を口ずさむのが聞こえてきました。
彰子は感心して、声の主を確かめようとしましたが、庭に人影はありません。
◆彰子「どうしたことじゃ?誰じゃ?誰がいま歌を口ずさんだのじゃ?」
◇家人「彰子様、どうなさいました?
今日は誰も庭に降りておりませんが……。人の出入りもありませぬ」
◆彰子「で、では先ほどの声は?よもや鬼神のしわざでは??」
彰子は恐れおののき、急いで宇治に住む弟の頼通のもとへ使いを走らせ
この件を伝えさせました。
頼通からすぐに返事が来ましたが、その文面に彰子は再び愕然となりました。
■頼通「ああ、そのことですか。土御門殿では以前からよくあるのですよ。
広大で美しい屋敷ですから、物の怪も感動しているのでしょう。
姉上、どうかお気になさいますな」
彰子はこの件以来、土御門殿を離れ、二度と近寄ることもありませんでした。
しかし弟の頼通は、この土御門殿を愛してやまなかったらしく、
物の怪が出ることもまったく気にしていないふうでした。
そしてその言葉通り、平安随一の壮麗な屋敷として知られる土御門殿には、
頼通の死後しばしば装束姿の頼通が歩き回る姿が目撃され、
その執心ぶりがいくつかの書物で今に伝えられています。
脚色 江幡店長 出典『今昔物語集』
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