【平安の物語】老母のため!生類憐れみの令を破った男!
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│ ■ 綱吉公もビックリ!平安版『生類憐れみの令』 │
│ ■ 禁令に泣く!貧しい僧の悩み │
│ ■ 母のために魚を捕る!孝行息子の不運 │
│ ■ 白河院じきじきの取り調べに僧は…… │
│ ■ 名も無き僧の孝行が禁令をくつがえす! │
│ ■ 白河院御製・月影に永遠の繁栄を詠む! │
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■ 綱吉公もビックリ!平安版『生類憐れみの令』
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江戸時代は元禄のころ、『生類憐れみの令(しょうるいあわれみの
れい)』を発して魚や鳥を食料として飼うことを禁じ、畜類(特に犬)
を愛護させた徳川五代将軍・綱吉公は「犬公方」とあだ名されまし
た。極端すぎる動物愛護政策をとり、前代未聞の悪令を発した将軍
様を、人々は陰でこう呼んで揶揄したそうです。
しかし、極端な動物愛護政策は綱吉公がはじまりというわけではあ
りません。元禄時代からさかのぼること550年以上も昔、平安時代
後期に、同様の厳しい殺生禁制が白河院から発令されていたのです!
『今鏡』という歴史物語は当時をふりかえってこう伝えています。
「皐月の山に鹿を射る貧しい男の姿もなく、秋の夕暮れに浦で魚を
漁る海女もいなくなった」
■ 禁令に泣く!貧しい僧の悩み
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ここからは昔むかしの物語〜♪
白河院より天下に殺生禁断の令が出されたころ、年老いた母と二人
ぐらしの貧しい僧がいました。
この僧には日ごろ深く悩んでいることがありました。それは、老母
が魚以外に食べ物を口にしない人で、禁令のため魚が手に入らなく
なってからというもの日ごとに体が弱ってゆくことです。
母を養えるのは息子である自分だけ……彼は魚を求めて東西南北へ
奔走しましたが、手に入れられずにいるうち、母はとうとう「余命
いくばくもなし」という状態になってしまいました。
■ 母のために魚を捕る!孝行息子の不運
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僧の悩みはさらに深いものとなりました。
魚を得られず母を見殺しにするのは「不孝」
かと言って禁令を破り魚を漁って母を助ければ「不忠」
……しかし彼は死にかけた老母を目の前にして、ついに一大決心し
たのでした。魚のとり方などまるで知らなかったにもかかわらず、
みずからたすきがけして桂川へ入ると、悪戦苦闘しながら魚を1匹、
2匹、どうにか捕ることができたのでした。
ところが「これで母も助かる!」と家路につこうとしたとき、運悪
く役人に見とがめられ、彼は院の御所へ引き据えられることになっ
てしまいました。
■ 白河院じきじきの取り調べに僧は……
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◆ 白河院 「殺生禁制は周知のことである。お前も知らぬわけがあ
るまい。それにお前は僧侶であろう。僧衣を着て禁制
を破った罪は許しがたい!」
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◇ 僧 「禁制の咎が重いことはよく存じております。たとえ禁
制がなくても、僧としてこのような振る舞いは許され
るものではありません……」
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◆ 白河院 「むむ、それを知っていて禁を破ったか!! (怒)」
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◇ 僧 「私には老いた母がおります。私以外に頼みにする者も
ございません。家が貧しいため思い通りに養うことも
できませんが、母は魚しか口にしないため、近ごろの
禁令によりますます衰えております」
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◆ 白河院 「しかし、魚しか口にせぬとは……」
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◇ 僧 「今にも息絶えそうな母を見ていると居ても立ってもい
られなかったのです!魚の捕り方も知らないというの
に、気づいたときにはもう川へ飛び込んでおりました」
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◆ 白河院 「…………」
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◇ 僧 「上皇様、私が処罰されるのは覚悟の上のことでござい
ます!しかし、この魚だけは──この魚だけはなんと
か母のもとへお遣わし願えませんでしょうか?母が美
味しそうに食べたというご報告さえいただけましたら、
あとはどのような処罰も喜んでお受けいたします!!」
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◆ 白河院 「む!なんという奴……!! 老いた母を養うために命を
賭したか!!!!! (号泣)」
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■ 名も無き僧の孝行が禁令をくつがえす!
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院と僧との問答の最中、白河院をはじめとしてその座に居合わせた
者ことごとく涙を流さぬ者はなかった、と伝えられます。白河院は
その後、僧を許し、馬車にいっぱいの贈り物を積んで与えたそうで
す。そして「不自由があればいつでも申すがよい」と異例のお言葉
をも添えられました。
権力をほしいままにし、強力な独裁制をしいて自由気ままな政治を
行ったとされる白河上皇。名も無き僧の「孝養の志」に感動し、禁
令をまげてまで咎人を手厚くもてなしたこの心があれば、綱吉公も
よもや「犬公方」などと陰口を言われることはなかったでしょう。
原話『古今著聞集』『十訓抄』 脚色 江幡 (70%)
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