【平安の物語】妹が人質に!!助けようとしない兄の複雑な心境。
西暦1000年、一条天皇の御代のころ。
甲斐の国に大井光遠(みつとお)という強い相撲取りがおり、
そのたくましい風貌とは不釣合な、細く美しい妹とともに暮らしていました。
あるとき、悪事を働いて追われている賊が光遠の屋敷に逃げ込み、
年の頃なら25、6歳の光遠の妹の腹に刀を当てて人質に取りました。
追っ手はあわてて兄光遠のもとへ行き、事の次第を告げました。
◇追っ手「大変ですぞ!!貴家の姫君が人質に取られましたぞ!!」
◆光 遠「なに?人質だと!?あの女を人質に取れるのは、
伝説の相撲取り・薩摩氏長くらいなものだろうに……」
と、光遠はそう言っていっこうに動じるけはいもありません。
追っ手はあきれて賊のもとへ立ち戻ると、薄い衣をまとった弱々しい女は、
いかめしい賊に掴まれて今にも折れてしまいそうなけしきです。
ところが──。女は左の袖で顔を覆って泣きながら、
余った右手の手慰みに、足元にあった30本もの矢をおもむろにつかむと、
次の瞬間、いともたやすく粉々に砕いてしまったのでした。
金槌を使っても簡単に砕けそうにない30本の矢を片手で砕く驚くべき剛力。
それを見た賊は見る間に青くなり、人質を棄てて逃げ出そうとしました。
追っ手はすかさず賊を捕らえ、光遠のもとに連行しました。
◆光 遠「なにゆえ逃げようとしたのじゃ?」
○ 賊 「姫君様がすさまじい力の持ち主と知り、恐ろしくなりました」
◆光 遠「さもあろう。あの女を本気で刀で刺そうとすれば、
お前は間違いなく肩の骨を砕かれていたであろうよ。
このわしが二人がかりでようやく太刀打ちできるほどの力じゃ」
それを聞いて賊は、すっかり脱力してその場にへたり込んでしまいました。
光遠は賊の様子を見て哀れに思い、そのまま赦して解き放ちました。
当の妹は、何事もなかったかのように涼しい顔で庭を歩いています。
◆光 遠「あぁ、あれが男であったなら、
天下無双の力士として名をあげたであろうに……」
14、5 で嫁ぐ者が多い世の中で、25歳になって未だ嫁ぎ先のない美貌の姫君。
それを一番の稽古相手としている相撲取りの兄は、
女ざかりをとうに過ぎた妹を、複雑な心境で見つめるばかりでした。
脚色 江幡店長 出典『今昔物語集』
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