京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】今昔物語集 宇治拾遺物語 古今著聞集 古本説話集 〜平安の物語〜

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 【平安の物語】1300年後にその名を残す!民を救った名役人の物語

  持統天皇が「藤原京」を都にしていた遠い昔、
  大神高市麻呂(おおみわのたけちまろ)という役人がいました。
  「愚直」なほどまっすぐな人柄で、天皇の信頼も厚い人でした。

  ある年の田植えの季節、天皇が「伊勢国まで狩りにゆきたい」と言うので、
  役人たちは膨大な出費を捻出するため追徴税について話し合っていました。
  天皇主催の狩りには供奉の人数も多く、莫大な資金が必要なのでした。

  ◆高市麻呂「なりませぬ!ただ今農繁期ゆえ、民が苦しみまする」

  ◇持統天皇「ならぬと言われても行くと決めたのじゃ。
              それともわらわの望みを叶えられぬと申すか?」

  ◆高市麻呂「君の遊び心を満たすために
              民の愁いを増やすわけには参りませぬ!!」

  と、ただひとり高市麻呂だけは食い下がりました。
  持統天皇はそこで狩りの中止を宣言し、百姓から喝采を浴びましたが、
  当の高市麻呂は天皇に楯を突いたかどで左遷されてしまいました。

  都から離れても、名役人・大神高市麻呂の「民政」はつづきました。
  ある年、大変な日照り続きで、水不足に民が不安に陥っているところへ、
  役人たちは救済策を打ち出すどころか、保身ばかりに没頭していました。

  つまり役人たちの所持する田んぼは川の上流ちかくの一等地にあり、
  わずかに流れてくる水を残らず自分たちの田へ引いて堰き止めたため、
  下流の貧しい百姓たちの田んぼへは一滴の水も流れてこなくなりました。

  ○百姓たち「働けど働けど楽にならぬこの世は地獄じゃ。
              役人の田んぼにばかりなみなみと水がたまっておるのに、
              そのくせ秋にはもっと税を出せと責められる……」

  時を同じくして、上流にある高市麻呂の田んぼもまた堰き止められました。
  ところが数日後、高市麻呂の田はすっかり乾ききって、
  作物がことごとく枯れようとしていました。

  高市麻呂は水が自分の田へ”流れ込まないように”、
  あえて田を堰き止め、水を下流へ流したのでした。
  百姓たちは上流を仰ぎ、何度も何度も掌を合わせ頭を垂れるばかりでした。

  神様が高市麻呂の誠心に感動したのか、この直後に奇跡が起こりました。
  日照りの空ににわかに小さな雨雲が生じたかと思うと、
  高市麻呂の田んぼの上にだけ何日も恵みの雨が降りつづけたのです。

  しかし、高市麻呂の田の作物は秋になっても実りませんでした。
  奇跡の雨が降ると高市麻呂は一転して堰をひらき、
  またもや水を一滴残らず下流へ流してしまったのです。

                                    脚色  江幡店長  出典『今昔物語集』

 

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