京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】今昔物語集 宇治拾遺物語 古今著聞集 古本説話集 〜平安の物語〜

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 【平安の物語】素っ裸でまかり通る!!真っ向勝負を貫いた僧の見せもの

  西暦 850年ごろと言いますから、平安時代は初期のこと。
  奈良東大寺に偉い偉いお坊様がいました。
  地位も財力もあるのに人に与えることをせず、ケチで有名な法師でした。

  同じ東大寺に、この有様を見て若い血をたぎらせる青年僧が一人──。
  のちに僧として最高位の「僧正(そうじょう)」にまで昇りつめる
  「聖宝(しょうぼう)」という僧が、大衆の面前でこう争いを仕掛けました。

  ◆聖宝「御坊よ、民はことごとく飢え苦しんでいるというのにその贅沢三昧。
          このような世に坊主ばかりが肥えているとはおめでたい話じゃ。
          少しは民に施してはくれませぬか?何でも言うことを聞きましょう」

  若い僧に生意気な口を利かれ、法師は腹を立てましたが、
  大衆の見守る前で恥をかきたくないので、
  できそうにもないことをあれこれ思案してこう答えました。

  ◇法師「ならば葵祭の日に、ふんどし一枚の姿で不格好な牛の背に乗り、
          『われは東大寺の聖宝なり!!』と大声で叫びながら都大路を
          歩きなされい。さすれば喜んで施しをしましょうぞ」

  法師は脂ぎった頬の奥にあるその細い目に嘲笑を浮かべました。
  二人の争いはすぐに噂となりました。
  一条富小路に桟敷席まで設けられ、祭の一番の見ものになりました。

  葵祭当日。
  法師は扇子を扇ぎながらのんびり祭のゆくえを見守っていました。
  ところがにわかに見物客が騒ぎ出したので、見ると素っ裸の聖宝が──。

  ◆聖宝「われこそは東大寺の聖宝なり!!
          偉い法師様と争い、このような無様な姿でご無礼つかまつる!!
          さあ笑えや笑え、笑うた者には法師様より褒美があるぞ!!」

  法師は呆然と口を開いたまましばし動けませんでした。
  やがて大衆がそのまま東大寺に押し掛けてきたので、
  法師は終始悔しそうな顔で蔵の蓄えを分け与える羽目になりました。

  権力にへつらわない僧として数々の豪快な逸話を残しつつ、
  77年の生涯を駆け抜けた聖宝僧正。
  彼は時の帝で名君の誉れ高い「醍醐天皇」からも厚い信頼を寄せられました。

  聖宝と法師の争いの顛末を耳にしたときも、醍醐天皇はいたく感動し、
  聖宝をすぐさま「僧正」の位まで昇進させたほどでしたが、
  当の聖宝は、昇進の報せを聞いても涼しい顔をしていたということです。  


                                  脚色  江幡店長  出典『宇治拾遺物語』

 

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