京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】今昔物語集 宇治拾遺物語 古今著聞集 古本説話集 〜平安の物語〜

京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】『平安の物語』バックナンバー一覧へ

 【平安の物語】後進にゆずった政の道。天に示した仏の道。

  平安時代中期、さる陰陽師がこの吉凶の占いの結果を朝廷に報告しました。

  「月が『大将』という星座を犯しております。
    左右二人の『近衛大将(このえたいしょう=上級貴族の栄誉職)』は
    どうか厳重に謹慎なさって、厄いから逃れあそばしますように」

  時の右大将は「小野宮殿」と称された藤原実頼(さねより)。
  のちに関白太政大臣にまで上りつめるこの壮年の貴族は、
  当代きっての才知をもって周囲から大いに期待されている人でした。

  彼は陰陽師からの警告に素直に従い、
  春日大社や興福寺など、あまたの神官・僧侶たちに厄払いの祈祷を命じて、
  恐ろしい災厄から逃れるために万全の策を打ちました。

  時の左大将は、のちに「枇杷の左大臣」と称される藤原仲平(なかひら)。
  すでに60歳を超えたこの白髪の老貴族は、位の上では実頼より上でしたが、
  天下の信望と実権はすでに25歳年下の実頼のもとに集中していました。

  仲平は、用意周到に厄払いを押し進める実頼とは逆に、
  謹慎もせず祈祷を命じもせず、いつもと変わらない生活をしていました。
  仲平の祈りの師である東大寺の僧が、心配して仲平邸を訪れました。

  ◇僧侶「右大将様はすでに各所へご祈祷をお命じあそばしました。
          左大将様からもじき、ご下命があると待ち設けておりましたが、
          一向にお声がかかりませぬゆえ懸念いたし、出向いて参りました」

  ◆仲平「それはそれは、済まぬことをいたした。
          だが、もとより祈祷をいたす積もりはないのじゃ」

  ◇僧侶「なにゆえでございます?」

  ◆仲平「右大将殿に負けじとわしまで大がかりな祈祷をいたせば、
          わしから払われた災厄が再び右大将殿にふりかかることもあろう」

  ◇僧侶「それは左大将様とて同じことでございます」

  ◆仲平「いや、わしはもう老いた。しかもこれといった能も無い。
          だが、右大将殿は違う。才能のかたまりじゃ。
          これから長く政を支えてゆくべきお方じゃ。そして何より、若い」

  ◇僧侶「…………」

  ◆仲平「あの方が災厄に遭われるのに比べれば、
          わしのような老いぼれの命ひとつ、何ほどのことがあろう。
          ――ゆえに、祈祷はいたさぬ所存じゃ」

  平安時代は、藤原氏の中での権力争いの歴史でもありました。
  陰謀によって同族の有力者を蹴落とすことが当たり前の世の風潮の中で、
  仲平の言葉は僧侶の胸を衝きました。僧侶は涙を流してこう言いました。

  ◇僧侶「ああ、何と潔いお心根でありましょう!
          左大将様のその思いは、百万回の祈祷にも勝るものでございます」
          祈祷などなさらずとも、必ずやみ仏のご加護がありましょう」

  仲平はその後一度も病を得ることなく、
  71歳の老齢まで大臣として高位に座りつづけました。
  仲平のすがすがしい生き方が、長い天寿を保障したのでしょう。


                                    脚色  江幡店長  出典『今昔物語集』

 

京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】『平安の物語』バックナンバー一覧へ


せんべい,煎餅,おかき,あられ,おせんべい【長岡京小倉山荘】
京都せんべいおかき専門店【長岡京小倉山荘】TOPへ