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 【平安の物語】守られたもののふの信義!武士の立つ道とは?

  平安時代はなよなよとした貴族だけの時代と思われがちですが、
  武士が「もののふ」と呼ばれ、信義に生きる
  純粋な「男」がいた時代でもありました。

  西暦1000年ごろ。時は藤原道長の全盛期。
  源頼信(よりのぶ)とう名高い武士が、上野守(こうずけのかみ)として
  乳兄弟の藤原親孝(ちかたか)を伴い、今の群馬県に赴任していました。

  ある時、親孝の屋敷に盗賊が押し入って捕らえられました。
  盗賊は手かせをうまくはずして逃げようとしましたが、すぐに囲まれ、
  逃げおおせないとわかると、親孝の子を人質にとって抵抗しました。

  ●盗賊「近くに寄るな!!子供の命が惜しくないのか!」

  ◆親孝「わ……わしの息子が!た……頼む、息子の命だけは──」

  親孝も優れた武士でしたが、子供の命にかかわることとなると
  どうにも手が出せず、結局、上野守・頼信のもとへ駆け込んで
  泣きながら事の次第を訴えました。

  ■頼信「馬鹿者!泣く奴があるか!!
          子供ひとり突き殺されても泰然としていればこそ、
          武士(もののふ)の道も立つというものじゃ」

  頼信はそう叱りつけて、みずから盗人の前に進み出ました。
  盗人は名高い上野守じきじきのご出馬と知って震え上がりました。

  ■頼信「おい、お前が人質をとったのは、自分の命が惜しいからか。
          それとも、子供を殺したかったからか?」

  ●盗賊「どうして子供を殺したいなどと思いましょう。
          命ほしさに、人質をとったまででございます……」

  ■頼信「ならば人質を放すがよい。お前の命は助けてやろう。
          この源頼信が決して約束を破らぬことはお前も知っているだろう」

  盗賊はしばらく考え込んでいましたが、仰有る通りにいたします、
  と、ついに刃物を捨てて降参しました。
  すると親孝が、すかさず刀をとって盗賊に斬りかかろうとしたのです。

  ■頼信「やめよ。こやつはわしと約束したのだ。
          貧乏ゆえ盗みもしたろう。命ほしさに人質もとったろう。
          だが、最後はわしの言を信じて刃を捨てた者だ。放してやれい」

  頼信はこうして盗賊を許しました。
  ただ放免するのではなく、親孝はじめ、家中の者が手出しできないよう、
  馬と弓と食料を与えて放すという念の入れようでした。

  ■頼信「けしからぬ盗人め。遠国へ行き、達者で暮らせよ」

  頼信は最後にそう声をかけました。
  その時の頼信の目には、「子供を殺されても武士の道を立てる」と言った
  同じ人とは思えない、包み込むような優しさが浮かんでいたようでした。


  [追記]この頼信の孫が、源氏の武名を高めた八幡太郎義家。
        その嫡流に、鎌倉幕府の開祖・源頼朝。
        その別流が、やがて室町幕府を開く足利へと繋がってゆくのである。


                                    脚色  江幡店長  出典『今昔物語集』

 

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