【平安の物語】涙の二人〜美しき貝殻の空しさに〜
朱雀院女御(すざくいんのにょうご)は、
平安中期の最高実力者・藤原実頼(さねより)の娘で、
村上天皇の妻として内裏に入内した女性でした。
彼女が入内後わずか10年ではかなく世を去ってしまうと、
この娘を大層愛おしく思っていた父・実頼の嘆きの深さは
周囲の人間が声をかけるのもはばかられるほどでした。
女御を深く恋い慕う者がもう一人──。
かつて女御に仕えていた女性で、助(すけ)という女房が、
今は常陸守の妻となって任国の常陸(茨城県)にいました。
気だてが良く容姿もさっぱりとして美しい助を、
生前の女御はいつもそば近くに置いて何かと目をかけていましたが、
助もよくその厚情にこたえ、心から女御に尽くしていました。
助は常陸国に下ってからも女御を忘れることができず、
会いたい思いが募るばかりで、ある時、常陸の海岸で採れる美しい貝殻を
女御に見せようと、箱いっぱいに貝殻をひろって京へ上りました。
──久しぶりに会う女御はどんなに美しい女性になっているだろう。
──京ではめずらしい貝殻を、きっと喜んでくれるに違いない。
しかし、期待に胸をふくらませて京へたどり着いた
助を待っていたのは、女御死去の悲報……。
助はがっくりと肩を落とし、涙の上に涙を重ねながら、
「お布施の代わりにしてください……」
と、持ってきた貝殻を太政大臣・実頼のもとへ届けました。
実頼は、愛娘がかつて慈しんでいた女房の来訪を知って
ふたたび在りし日の娘の姿を想い出し、目頭を熱くしましたが、
貝殻に助が書き入れた一首を読んでついに声をあげて泣き出したのでした。
【歌】拾いおきし君も渚のうつせ貝 今はいづれの浦によらまし
【意】君に差し上げれば喜んでくれると思って拾い集めておいた渚の貝。
その君はもうこの世にいないなら、貝殻のように空しくなった私は
誰を頼りに生きてゆけばいいの……。
実頼は涙にむせ返りながら、こう返歌をしたためました。
【歌】たまくしげ恨み移せるうつせ貝 君が形見と拾うばかりぞ
【意】すでに亡くなっているとも知らず、娘のために拾い集めた
空しい貝殻たち……。あなたのその悔恨を深く移しこめた貝殻を、
娘の形見として私は拾っておこうと思う……。
同じ悲しみを分かち合う実頼と助の二人の思いは
こうして歌を通じ、貝殻のようにピタリと重なり合いましたが……。
しかし貝殻はやはり貝殻──互いに身のない空しさを思い知るばかりでした。
脚色 江幡店長 出典『今昔物語集』
|